文・撮影/神畑重三((株)キョーリン)、水上司(アクアハンズカミハタ)、
山中幸利(神畑養魚(株)東京支店)
+++ Vol.6 +++
水の路を進むこと4時間遂に、神秘なる湖へ |
■狭い水路に横たわり、行く手を遮る大木。かなりの難所だ。 ■「こんな顔つき見たことない」と上畑氏。 |
ようやく大型のカヌー(幅50㎝、長さ6m)が来た。アヘン氏を除いた私たち4名とイバン族の青年2名が前後に1名ずつ、計6名だ。全員が乗り込むと舟べりは下がって水面までわずか20㎝あるかないかの状態で、下半身はどっぷりと水面下にある感じだ。いよいよ出発だ。 何気なくライトで水面を照らしていると、珍しい淡水カレイが流木にへばりついている。しかし今はそれを写真に撮る余裕もない。カヌーは真っ暗なジャングルの幅1mそこそこの水路の中を慎重に進んでいくが、両片からシダやカヤのような植物が顔や体にかぶさってくる。あまりの凄さにこんな水路を4時間もと考えただけでゾッとするほどだ。しかし今は無事帰還することを必死に願うだけだ。せめて雨だけは降らないでくれ。誰も一口もしゃべらない。いつも軽口をたたくチョン氏も、石のように黙ったままだ。 20分ほど経った頃、大きな倒木が行く手を遮っているのが見えた。しかも水面スレスレに横たわっており、とても人力で動かせるような代物ではない。これ以上前進することは不可能のように思えた。 その時の私は、ガッカリ落胆する気持ちと、しめた、これで助かった、村へ帰れると、相反する気持ちが複雑に揺れて動いていたのを覚えている。しかしイバン族の青年は強行突破するらしく、全員に「朽木の上に乗り移れ」と指示した。そして、空になったカヌーを水面スレスレまで沈め、なんとか通過させようとする。随分時間がかかったがなんとかクリアーする。もはや後戻りはできない。 幸いにも雨は振りそうもなく、満月に近い月の光が梢の間からチラチラ漏れ、皆の緊張した顔を照らし出す。イバン族の青年が時折するどい声で短く指示を出すだけだ。突如展望が開けた。とうとうMELAI湖に着いたのだ。そしてそこには、信じられないような神秘的な風景があった。月光に光々と照らされた湖は正に神々の住む世界のようだ。 世界中で唯一ヶ所スーパーレッドが住む神秘の湖、その聖域に私たちは外国人として、また日本人として初めて足を踏み入れたのだ。うれしいというより身のしまるような感激である。 カヌーは湖岸に沿って、アロワナを探しながら静かに進んでいく。チョン氏はカヌーの中央に立ってライトで水面をなめるように照らしていく。 |
アロワナが集まる湖
産卵に適した湖とは?
この湖が他の湖と変わっているのは、岸にギッシリと群生している1~2mの高さのKASAUという蘭のような植物だ。この植物に虫や小型の爬虫類が集まり、それを捕食するためにアロワナが集まって来るという。MELAI湖にはアロワナが産卵するためのいくつかのポイントがあるように思われるが、以下はスタッフの水上レポートである。 なぜMELAI湖のみがアロワナ産卵に適しているのかというと、アロワナが特定地域に多数生息することは食物連鎖の上からいってもなかなか困難である。そのため特定期間のみMELAI湖に集まるのではないかと思われる。その理由を次のように列挙してみた。
月は光々と湖面を照し、静寂を破るのは櫂をこぐ水音のみ。約1時間湖を探索するが、残念ながらアロワナは発見できなかった。予定時間を大幅に過ぎ、天候の変わらぬ間に帰還することにした。少し残念な気もするが、満足感のほうが強い。 人を寄せつけない秘境の聖域、日本人として初めて訪れることができたのだ。そしてこの魚が絶滅に頻し、人類にとって貴重な魚だということ、また、この魚の人工養殖のみが、絶滅を防ぐ唯一の方法であるということも痛感した。 |
■アロワナの棲むMELAI湖へ夜の出航。 ■MELAI湖にはKASAUがギッシリと群生している。ここに集まる昆虫などを捕食するためアロワナが好んで集まってくるとか。 ■木にはさまざまな寄生植物が付着している |
ワニ、ヘビ……そして身動きがとれない水路を
■横になって障害物をやりすごす。 ■「無事に日本に帰れるのだろうか」。不安を隠せない表情の山中氏。 |
バンの青年も往路の難所にはさすがに懲りたのだろう。別の道を通って帰るらしい。しかし、私たちのカヌーは完全に方向を見失ってしまったようだ。私たちのせいでもあるが、カヌーが長すぎて木と木の間に挟まり、思うように方向がとれないのだ。カヌーが木に当たる度にバラバラと小枝やいろいろなものが落ちてくる。ヘビかと思うが、カヌーの上では身動きがとれない。本当に生きた心地がしないというのはこんなことをいうのだろうか。そう思っていたら突然、「バリバリ、ドスン」と大きな水音がした。大木が根元から折れて水中に倒れ込んだ。カヌーのへさき1mほど前方だ。カヌーが当たった衝撃でポキッと折れたらしい。直撃されたら私たちのカヌーなどひとたまりもなかっただろう。 とうとうしびれを切らしたインドの青年が、勇敢にもワニがいるかもしれない水の中へ飛び込んで懸命に方向を変え、やっと窮地を脱することができた。 やがて小川のようなところに出てホッとするが、村が近いのか設置してある竹製の大きな魚採りが障害となってまたカヌーは一向に進まない。 |
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やっとの思いで村にたどりついた。ホッとすると同時にドッと疲れが出てきた。もう真夜中だし、このログハウスに泊まるのかと思ったが、アヘン氏は島のベースキャンプ地まで2時間かけて帰るという。昼から何も食べていないし空腹である。それより早く休みたいと思う気持ちもあった。だが、彼の決定に従うしかない。 族長は残念がって引き止めてくれるが、アヘン氏の意志が固いとわかると、「明日また来てくれ。今度はワニがいっぱい住んでるところに案内しよう」といってくれる。彼にはお礼をいって、残念ではあったが村を離れることにした。私が残念というのは、噂に聞く、遠い昔の祖先から大切に引き継いできたという彼らのハウスの天井にある骨董品の数々を見てみたかったからである。スタッフ二人はどう思っていたのか知るすべもない。 私たちのボートは月明かりもなくなった暗黒の川をライトを頼りに進んでいく。操縦するアヘン氏の疲れを知らぬ体力と、どんなピンチでも平然として気力には脱帽するほかはない。彼も湖に入って水路を探すのには大分苦労したようだ。「仕方がない、今夜はボートで夜明かしか」となかば覚悟しかけた頃、やっと水路を発見。島に着いた時は、体力も、気力も限界をオーバーした状態だった。たたんであったテントをまた張り直し、そのままぐったり倒れこんでしまった。 |
次号最終回!