text & phot/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ Vol.6 +++
「まさに前途多難・・・。」
これから半月ほど共に過ごす「英語が話せない通訳たち」を前に途方にくれる神畑探検隊。 今回の旅もまた困難なのものになろうとしていた・・・。 |
悪魔の山の頂きに降り立って
「ロライマ山の頂上に着陸できなかったので、その代わりエンゼルフォールの真下の地点にライディングする。少々揺れるかもしれないが、帰りのコースは近道をとって高地の山岳部の上を飛ぼう」とパイロットが提案した。
天候はますます悪くなり、雨と霧が容赦なく風防ガラスを叩きつけてくる。気流が激しく、ピッチングとローリングで振り回され、乗り物酔いしそうな気分だ。しかし、幸いなことに、アウヤン・テプイ山が近づくにつれて天候が好転してきた。
頂上から一直線に落下する帯のような白い無数の滝が目入ってきた。ひときわ大きい滝が現地のインディオが”チュルンの滝”と呼ぶエンゼルフォールだ。
■(左)世界最長の滝、エンゼルフォールの下には滝つぼがない ■(右)岩の割れ目からあっちこっちに無数の滝が見える |
この滝を初めて世界に紹介したのは、アメリカ人パイロットのジミー・エンゼルという人物で、彼は1930年にこの滝を発見し、ここにわずか数日滞在しただけで30kgの金塊を手に入れたという。しかし、1956年に飛行機事故でこの世を去り、生前からの本人の強い希望で、その遺灰は仲間の手でエンゼルフォールの頂上からギアナ高地に向けて捲かれたという。自分が発見した世界最長の滝への思い入れが深かったのだろう。
ヘリはエンゼルフォールの真下に着陸すると聞いていたのに、ぐんぐん高度を上げて1000mの絶壁をいっきに上昇して、滝の上の狭い岩場に絶妙のバランスでちょこんと着陸した。
着陸前、この場所に着陸するのは国禁を侵すことになるから、国外に出るまで他言しないよう機長から強い要請があった。パイロットのロライマに着陸できなかったわれわれへの素晴らしい贈物だ。そして、天候の急変に備えて、「いつでも飛び立てるようにローターを回したままにしておくが、機への乗降は必ず機首のほうから」という注意が添えられ、滞在時間15分を厳守することが言い渡された。座席シートのポケットには乗降のさいの注意事項を示した印刷物が入っていて、スペイン語なので意味はわからないが、イラストが実にリアルで、ローターで首が切れて、血煙を上げて頭が宙に飛ぶ絵が描かれていた。
着陸してドアを開けるや否や、われわれはいっせいに機外に飛び出した。17億年前に創られたままの台地の赤黒い岩の上を3人がめいめいてんでに走っていく。パイロットから「岩の上は滑りやすいから気をつけろ」と声が飛ぶ。すぐ目の前に幅10mほどの川が深い亀裂の中を走っているが、崖の上から見ると、黄金色に輝く水が2段、3段と落ちて、そこから一気に1000mの絶壁を落下している。ヘリが止まった場所は、滝のちょうど真上だった。
■幸運にもエンゼルフォールの頂上に降り立つことができた。 左からパイロット、ラファエロ、安川、神畑 |
あっちこっちの岩の窪みに水溜りができているので、何か生き物がいないかと懸命に目をこらして水中を見ていくと、2cm大の黒いオタマジャクシがいた。コモリガエルの一種らしい。このカエルはギアナ高地だけに棲む種類で、普通のカエルのように水中に卵を産まず、卵が孵化するまで自分の背中に背負って水中を移動する。また、水が少ないせいか、または天敵となる動物がいないせいか、長い間に足のジャンプ力が退化して、のろのろした緩慢な動きになってしまっているという。
鈴木が水溜りの中から何かをつかみあげた。水中を活発に泳ぎ回るトカゲで、体部の倍くらいある長い尻尾を持っている。「こんなの、初めてやな」と興奮して写真を撮る。「ひょっとしたら、新発見かも」と勝手にミズトカゲと命名した。帰国して(財)自然環境研究センターの千石正一氏に鑑定してもらうと、「写真では断定できないが、ギアナ高地に生息する水生のアノールではないか」ということだった。
■(左)鈴木の見つけた珍しいトカゲ。尾が長く、水の中をすいすいと泳ぐ。勝手にミズトカゲと命名する ■(右)誰一人訪れる人もないこの台地の上にもけなげに一輪の花は咲く |
この台地に生えている植物は、下界とはずいぶん異なっている。木の葉っぱの表面はツルツルしてロウを塗ったかのように光っている。これは、年間5000mmというとてつもない量の雨をはじくためのワックスの役を果たしているらしい。葉が上下に重なって、枝についた灌木が多いが、その葉の先端が鋭く尖っているのも水切れをよくするためで、これも雨や強烈な紫外線を防ぐための植物の知恵であろう。
天候は分刻みで変化する。雲間から光が差していたのに、と一瞬思ったあとに、とつじょスコールのような雨が降ってくる。パイロットから「レッツ・ゴー」の声がかかった。残念だけれど、制限時間だ。「シャワシャワ」とローターが回転し続けるヘリに急いで乗り込んだ。感激で胸がいっぱいになり、しばらくは誰も口がきけない。安川はエンゼルフォールの源流の水を飲んできたという。またとない素敵な思い出になるだろう。
■安川は記念に頂上の川の水を飲む。 これぞまさに"バージンウォーター" |
ヘリは岩場を離れていっきに降下し、アウヤン・テプイ山のすぐ下を流れるカラオ川の川岸に着陸した。透明度の高い美しいコーラ色の水が勢いよく流れ、飛び石のように点在する丸い岩の表面には目の醒めるような鮮やかな緑色の水苔や水棲植物が生えている。その上を歩くと、絨毯のようにふかふかと気持がいい。背後には赤黒く切り立った絶壁に囲まれたアウヤン・テプイ山がそびえ、目の前の川には緑色の苔石の間を黄金色の水が流れている。その美しさは私の持ち合わせている言葉ではちょっと表現できないほどだ。 |
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■紅茶色の水にグリーンのコケが美しく映える |
カラオ川は赤褐色の油を溶かし込んで、ぎらぎらと光り輝く鏡のようだ。ヘリは川の上を超低空で蛇行しながら、あっというまにアチャの滝の上に出て、カナイマ空港に着陸した。私の人生に忘れられない強烈なインパクトが刻みつけられた一日であった。その夜は滝の音を子守歌として聞きながら、長かったこの日の記憶を胸に抱きしめ、この旅に力を貸してくれたすべての人に心から感謝を捧げて、幸せいっぱいの気持で安らかな眠りについた。