カミハタ養魚グループは人と生き物が共に暮らす環境をトータルに提案します

KAMIHATA探検隊

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text & phot/神畑重三 協力/神畑養魚(株)

+++ Vol.2 +++

「まさに前途多難・・・。」

これから半月ほど共に過ごす「英語が話せない通訳たち」を前に途方にくれる神畑探検隊。

今回の旅もまた困難なのものになろうとしていた・・・。


インディオ村の夜は更けて

ハンモックが吊ってあるインディオの住居。貧しくても少年の顔は明るい

■ハンモックが吊ってあるインディオの住居。貧しくても少年の顔は明るい

インディオの日常生活品

■インディオの日常生活品

川沿いのインディオの部落に着いたときはもう8時半だった。漁師とインディオは顔なじみらしく、交渉はすぐにまとまって、この村に泊めてもらえることになった。船着場らしき岩場をライトで照らすと、顔いっぱいに白い蚊除けのペインティングをして、クリパオという腰巻きをした若者の異様な姿が目について、ぎょっとさせられたが、彼らは獰猛なヤノマミ族ではなく、友好的な種族だから危険はないという。

村の広場の横にある茅葺き小屋をわれわれに提供してくれた。屋根はあるものの、四方に壁のない柱だけの建物だ。集会場にでも使うのであろう。寝ぐらは柱にハンモックを結わえて作るが、経験がないので、ラファエロに吊ってもらった。ハンモックには蚊帳がついていて、前後に枝を通して蚊帳をぴんと張れば、顔に当たらないようにできている。なかなかの便利さに感心する。

インディオはゴムの発見とその利用など、今日の文明にいろいろな点で寄与しているが、それを知る人は意外と少ない。農産物ではトウモロコシ、トマト、ジャガイモ、ピーマン、トウガラシ、ココア、チョコレートなど、いずれもインディオから文明社会にもたらされたもので、薬ではアスピリン、ジキタリス、キニーネ(マラリアの薬)、そしてコカインなど、彼らの祖先がジャングルの中で発見し利用してきた産物は少なくない。

インディオに鍋で湯をわかしてもらって、持参した食糧で遅い夕食の準備を始めた。大勢の村人が集まってきて、暗闇の中で目をぎょろぎょろ光らせて興味深げにわれわれのすることを珍しそうに観察している。ローソク1本の明かりで、立ったままの食事を終えたとき、すでに11時を回っていた。

夜中に冷え込みそうなので、ボートまで寝袋を取りに行くと、漁師が寝ずの番をしている。私を見ると、彼が何か言いながら、岸の草むらを指さしている。その方向にライトを向けると、2つの目玉が青白くきらきら光っている。ワニだ。全長40cmほどのカイマンの子供だ。カイマンは小型でも獰猛で、手でつかもうとすると暴れまくるので、とても危険だ。

満月の青白い月光が茅葺き屋根を煌々と照らしている。さっきまで騒いでいた大勢のインディオもいつしか眠りについて、あたりは静寂そのものだ。長い長い1日が終わって、昼間の疲れからすぐに眠りについた。

用意した寝袋を使いはしたが、明け方近く、気温が下がって、寒さで目が覚めた。村じゅうのけたたましいニワトリの声でさらに目が冴えてしまう。あたりはまだ暗いが、一羽が鳴くと、負けてなるものかと、あちこちで競争のようにニワトリが共鳴するので、うるさくて寝てられない。目をつむったまま、つれづれにニューギニア南部のニワトリのことを思い出した。

日本のニワトリは庭をほっつき歩いて餌をあさるだけのおとなしい存だが、野生のニワトリは闘争心が強い。ニューギニアの奥地で原住民のニワトリ小屋を借りてテントを張ってキャンプしたことがあったが、自分の寝ぐらを不法占拠されたと思ったのか、怒り狂ったニワトリが夜中に飛んできてはテントにどすんどすんと体当たりしてきた。また、原住民の家のそばの木の下でテントを張って寝ていたら、頭上で「コケコッコー」とやられて、びっくりして飛び起きると、高い木の枝にニワトリが止まって鳴いていた。「飛ぶニワトリ」なんて、日本ならちょっとしたテレビのネタになりそうな話である。

インディオが作ったという伝説の運河

オノリコ川の警備兵の銃口はいつも対岸のコロンビアに向いている。麻薬の売人の不法入国を防ぐため

■オノリコ川の警備兵の銃口はいつも対岸のコロンビアに向いている。麻薬の売人の不法入国を防ぐため

護身のためのピストル試射

■護身のためのピストル試射

インディオの古い言い伝えとして、このジャングルの奥深い所にアマゾン川支流のネグロ川とオリノコ川を結ぶ天然の運河があると言われている。それは、いまだ知られざる秘境と呼ぶにふさわしいカシキアレのことらしい。きょうはいよいよそこに入って、川沿いに点在しているヤノマミ族の部落を訪れる予定だが、ハンツが「男たちは朝から狩に出てしまうので、到着が遅いと留守になってしまう。早く行ったほうがいい」とせかすので、インディオ村を8時に出発した。

川面には、まだ朝霧が立ち込めている。風を切って走るボートの上は肌寒い。と思ったのも束の間、ジャングルの木間から太陽が顔を出すと、今度は遠慮会釈なく強烈な日光が照りつけてきたので、一同たまらず裸になる。涼しい川風を一身に受けながら、なおもボートは快走を続ける。

紅茶色の水がさらに濃くなり、流れがしだいに一定しなくなった。局部的に速くなったり、緩やかになったり、大きな渦を巻いたり、うす気味の悪いことおびただしい。褐色の水面に黄色い花びらのようなものがたくさん浮いた場所に近づいて見ると、なんと泡の固まりだ。渦が川底の岩礁にぶち当たって作られた気泡だという。

前方には白い波頭が見える。近づくと、川の中に音を立てて流れる別の急流があった。一つの川の中に別の流れがあるという複雑さがアマゾン水系の特徴でもある。太古のアマゾンは巨大湖の底であったと言われ、そのせいか河口から3000kmの上流でも、高低差は200mしかなく、ほとんどフラットに等しいのだ。

ネグロ川を約2時間ほど走ってから右に進路をとり、別の流れに入った。インディオから天然の運河と呼ばれるカシキアレだ。カシキアレは2つの大河をつなぐ天然の運河の役割をなす不思議な川で、一方がオリノコ川とつながっている。オリノコ川はギアナ高地からベネズエラとコロンビアとの国境を北に流れてカリブ海へと注ぐ。もう一方の流れはネグロ川とつながり東へ6000km流れて、マナウスを経て、ベレンから大西洋に注いでいる。

また、この2つの川はどこにも分水嶺がない、と言われている。アマゾン川の水系で雨が多く、水位が高くなると、この水が天然の運河を通ってオリノコ川へと流れていく。反対に、オリノコ川の水位が高くなると、水は運河を逆流してアマゾン川の水系に流れるという。この両方の川の水位調節の役目を果たしている運河が全長300kmに及ぶカシキアレである。

伝説の神秘の運河、カシキアレの分岐点

■伝説の神秘の運河、カシキアレの分岐点

「カシキアレは天然の運河ではなくて、インディオの祖先が作ったという言い伝えがあって、彼らは素晴らしい技術を持っていたんだ」とわれわれのチャーター機のインディオ出身のパイロットが誇らしげに語っていたが、水の流れの障害になっている途中の岩を取り除くことくらいはあったかもしれないけど、いくらなんでも300kmもの運河を作るのは無理だろう。とは言っても、ロマンのある伝説ではある。

運河に入って1時間ほど経過したとき、水の流れが完全になくなり、どろんとよどんだ感じになった。前方に何か白い微小な物体が水面上に湯気のようにゆらゆら立ち込めている。その下で大きな水音が立ち、魚が飛び跳ねている。近づくと、煙の正体はカゲロウの大群であった。そして、それを捕食しようと魚がジャンプしているのだ。それは異様で、この伝説の運河にふさわしい幻想的な光景であった。

未開の部族ヤノマミの村で

世話になったインディオの村を出発。いよいよヤノマミの住む秘境へと急流の中を進む

■世話になったインディオの村を出発。いよいよヤノマミの住む秘境へと急流の中を進む

時計を見ると、前夜のインディオ村を出発してからすでに8時間も経っている。そろそろヤノマミ族の村に近いと思っていたら、ラファエロがズックのボストンの中をごそごそやっているかと思うと、ピストルを取り出してきて、弾倉の点検を始めているではないか。

私が「何のためだ。ジャガーかアナコンダでも打つのか」と身振り手振りで問いかけると、彼が「それもあるが、コロンビアから越境してきた麻薬の売人たちに出会った時の護身用だ」と答える。あとで考えると、ヤノマミとの間で紛争が起きたときの用心であったようにも思えなくもない。

日本人は世界一治安のしっかりした国に住んでいるだけに、物事に対する危機感がとうにも希薄らしく、そのため海外で大きな事故を招くことがままあるようだ。わが国では非武装中立を唱えることで恒久的平和がもたらされると主張する文化人が少なくないが、もし米軍の駐留がなく、自衛隊も廃止したとしたら、たちまち好戦国の餌食になるかもしれない。念仏を唱えるだけで平和がもたらされると信じるのは個人の自由だが、無防備な状態がいかに非現実的なものかは世界中にサンプルがごまんところがっている。日本の常識は世界の常識ではないのだ。

ヤノマミ住居地に接岸

■ヤノマミ住居地に接岸

接岸するやいなやヤノマミの子供が群がって飛び乗ってくる

■接岸するやいなやヤノマミの子供が群がって飛び乗ってくる

大きな石が川に突き出た岩場にボートを接岸させると、大勢の裸のヤノマミ族の子供がバッタのように身軽にぴょんぴょんとボートに飛び乗ってきた。漁師がボートに残って荷物の番をしているが、いつのまにか数人の子供がボートの中にもぐり込んで、目をぎらぎらさせて、いろいろ物色している。

下船前、「ヤノマミには私有財産の観念がないので、欲しいと思ったら他人のものでも平気で盗るし、物を盗むことに罪悪感がないのだ。目につきやすい大切な品物はすべてバッグにしまってカギをかけておくように」と指示が出ていたが、私のまわりをヤノマミが取り巻いて、ワイワイガヤガヤ騒がしいかぎりだ。ハンツは腰のベルトにつけたキーホルダーを盗られまいと手で懸命に押さえている。

ヤノマミ族には一種独特の体臭がある。ベニガラにクエン酸を加えたものを顔に塗るため、甘酸っぱい臭いをまき散らすのだが、その強臭は2、3日鼻について離れない。以前アマゾンのジャングル奥深くに住むワイワイ族の村を訪れた時も、同じ臭気がしたのを思い出した。

村の広場には、30人ばかりが集まっているが、若い男の姿を見かけない。すでに狩りに出てしまったのか、どうやら留守らしい。女の子は顔にペインティングしている。口の真下、左右の頬、耳、鼻などに穴を開けて、草花や竹で作った紐を通している。飾り付けが多いほど美人と言われるらしい。彼女たちの顔を見ていると、ふと分明人がつけるピアスはインディオの風俗から伝わってきたのかもしれないと思ったりもする。

肩から小さな白いタカラガイで作ったタスキを十文字にかけているが、男女とも申し合わせたようにオカッパ頭だ。少女でも目は鋭く、黒い瞳の奥に野生の光が宿っている。彼女たちが何を考えているのか、あるいは何も考えていないのか、目の中をじいーっとのぞき込むと、目をそらさず、逆にじっと見つめ返してくる。

この集団は1ヶ月ほど前にここに移住してきたグループで、総勢50人ほどらしい。彼らもまた文明人との接触、同化を嫌がる典型的なヤノマミのグループのようだ。ここから5時間ほど上流にエスメラルダという大きなヤノマミ族の村があり、政府が同化に力を入れて学校を作ったりしているが、それをいやがるグループが50人、100人の単位で逃げ出して、ジャングルの中に新しい集落を作っているらしく、ここもそうした部落の1つらしい。

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