
text & phot/神畑重三((株)キョーリン)・大橋正嗣(神畑養魚(株))
+++ Vol.2 +++
造花のような並木
11月20日、ナンゴン湖へ1泊2日の予定で魚の採集旅行に行くことになった。ビエンチャンからその湖までは3時間半ほどの距離である。今夜はその湖に浮かぶボートの上で泊まるとのこと。
ほとんどの道は舗装されていないので、途中の町の中は、どこもかしこも土ボコリがひどい。時々散水車が水をまいているが、それこそ焼け石に水、2、3分で乾いてしまう。郊外へ出ると埃はますますひどくなる。道の両側の並木は、枝から葉っぱまで、黄褐色のドロの具をたっぷりと塗りたくったようにこびり付いていて、造花のように見える。まるでチョコレートで作ったデコレーションケーキ上の木のようだ。
ハスの大群落
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途中、本道から外れて農道に入る。前方にピンク色にかすんだ大きな湖が見えてきた。近づいてみると、何万本、何十万本もの見渡す限り、見たこともないような蓮の大群生である。その雄大な美しさを前に、皆「オー!オー!」とただ歓声をあげるだけだった。蓮は、仏教では極楽浄土を連想させる。そのせいか辺りは荘厳な空気に包まれ静まり返っている。 さっそく、網を引いてみるがグラミーとかグラスフィッシュのような平凡な魚ばかりであった。 |
ナンゴン湖
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山道を登りきるとガラリと景色が一変して、目の前に展望が開ける。真っ青な湖の中に緑滴る小島が点在していて、まるで日本三景の松島を見ているようである。湖は、遠くからでも透明度のよさがわかるほどに澄んでいる。湖の崖っぷちには、ひしめき合うようにして小さな漁師の家が建っている。その中を抜けていくと、両側には採れたての魚を焼いて、観光客に売っている店が並んでいる。この湖はこの国の数少ない観光地の一つであるらしい。
岸辺の高台に車を止め、湖を見渡すと、さすがに面積がシンガポールの国土の半分(370km2)もある広い湖だけに、水平線の彼方にも対岸らしきものは何も見えない。
気になっていた今晩の宿になるボートは、崖の下に繋いである大型の遊覧船であった。船内には、客室が30ほどあり、キャビン風につくられていて、シャワーやクーラーも備え付けてあり、想像以上に快適に過ごせそうである。
![]() ■メコンの淡水フグ。 ![]() ■水蓮の池の水草。 |
3時に湖の一番奥にあるという滝を目指して出発する。船着場あたりの澄んだ水の中に約40cmのグリーンや黄色の美しいパイプフィッシュ(海水魚のドラゴン・パイプ・フィッシュとよく似ている)が群泳しており、非常に興味深かった。
湖水に沈む巨木
われわれのモーターボートは、高性能の競艇用のような小型のボートで、波のない鏡のような湖面を飛ぶように疾走する。1時間半ほど走るとようやく対岸が見えてきた。
湖面から長いヤリのように枯れた大木があちらこちらに突き出している。「なぜこんなに湖中に立ち枯れの木が多いのか?」と聞いてみたところ、コンファーは、「このダム工事が行なわれていた頃は、ちょうどベトナム戦争の真っ最中で、このあたりも戦場になり銃弾や爆撃を受けて作業が危険であったため、樹木を伐採する余裕がなかったからだ。」と言う。通常ダムを造るときには、水没する樹木は全部伐採して取り除いておくのが常識である。というのは、水中に木を残しておくと木が水中で腐り、湖の水が豊栄養化し硫化ガスが発生して、発電機のタービンの羽を痛めてしまうからだ。
![]() ■美しく静かなナンゴン湖。 |
この湖で発電された電力は隣国の対に送電され、外貨稼ぎに大きく貢献しており、その金額は全外貨収入の50%になるそうだ。
われわれのボートは、網の引きやすそうな手ごろな小島に接岸した。水深は浅いが、湖底は一面倒木が転がっていて、危険でとてもダイビングできるような状態ではない。水温も20℃前後で肌寒い。水質はGH1、pH7.5。しかし、コンファーさんは勇敢にもシュノーケルをつけてトライし、われわれをハラハラさせる。結局、私たちは恐れをなし、ごめん被ることにした。
次々とポイントを探しながら、最上流の滝のあるところへたどり着いた。このあたりは、直径数mもある巨大な丸石が上流に向かって転がっている。水流が早くてとても網を入れられず、収穫はゼロであった。私は、「気温もだいぶ下がってきたことだし、帰り道にあるあの枯れ木の乱立した地帯を明るい内に抜けきらないと危険だ。」と言って、相変わらずのん気にダイビングしているコンファーさんを急がし、ようやく帰路につくことになった。
ヘロイン・シャイな人たち・銀の砂
![]() ■水草が邪魔になり網を引くのは大変。 |
一人の若い男が太い竹筒で作ったキセルのようなものでモクモクと煙を吐き出しながら、何かを吸っている。異様な匂いがするので聞いてみると「オピオン」だという。「オピオン」とはヘロインを作る原料である。ヘロインで有名なゴールデン・トライアングルをもつこの国でも一応禁止されてはいるが、この程度は黙認されているのか。
彼らは、皆シャイで、写真を撮らしてくれと頼んでも、はにかんでなかなかオーケーしてくれない。子供にお菓子をあげてもぜんぜん手を出してくれない。外部の人間との接触がなくて、人慣れしていないのだろうか。別れの挨拶にボートから手を振っても誰一人それの答えてくれる人はいなかった。
すでに、湖上はとっぷりと日が暮れてしまって真っ暗である。ボートは危険な枯れ木地帯の中をスピードを落とすこともなく、全力疾走で突き抜ける。水没した木に接触したら最後、ボートは一瞬でバラバラになり、全員闇の湖に放り出されることになる。頼みはボートマンの勘だけである。
やがてキラキラと輝く銀の砂のような星群が、頭の上を覆い被さるように夜空に姿を見せてきた。大橋は、初めてみる熱帯の壮大な星空に歓声をあげて酔いしれている。それに引き換え私はというと、ショートパンツ一枚の軽装ということもあり、冷えて尿意をもよおし我慢も限界で、夜空の星を鑑賞するゆとりはなかった。
巨大バラクーダーと殺人ナマズ
![]() ■ロイヤルナイフフィシュ。 |
夕食後は、夜釣りを楽しむことにした。さすがに現地の人たちは慣れたもので20cmぐらいのナイフ・フィッシュをバンバン釣り上げる。が、われわれはボウズであった。 (つづく)