text & photo/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ Vol.1 +++
「仏の国の聖なる川(イラワジ)で新種を追う。」
仏の国ミャンマー。そこにある聖なる川と呼ばれるイラワジ川。神秘と新種に満ちたこの土地でいったいどんな魚に、人達に出会えるのだろうか・・・。 |
仏教国ではまず寺詣でから始まる
■ブーゲンビリヤより美しい女性社員 |
■男性は一生のうち一度は僧侶になって修行する |
テレビや新聞で知るかぎり、ミャンマーはいまなお厳しい軍政下にある国であるらしく、滞在中にどんなことが起きるかわからないので、万一のことを考えて、この国の女性と結婚しているオーストラリアの友人に前もって政府関係者を紹介してくれるよう頼んでおいた。
今回の同行者はシンガポールの熱帯魚のサプライヤーのジミー、バンコックの観賞魚業界のボスのビラット、彼の会社のミャンマー出張所の責任者タン、それに日本チームは私とわが社の女性社員で広江と岡橋の二名が加わって計六名の編成である。一行はバンコックで合流し、タイ航空でミャンマーへと飛び、日がとっぷり暮れたころヤンゴン空港に到着した。
空港ゲートには軍服姿のウォン中佐が迎えに来てくれていた。小柄だが、動作のきびきびした若い現役中佐で、入国審査のため長い列に並んだ人たちには申し訳なかったが、彼の誘導でVIP専用のゲートからフリーパスで出られたのは有難かった。ビラットと私は軍の車でホテルまで送ってもらうことになった。
車中、中佐は達者な早口英語で国情を要領よく説明してくれる。彼は陸軍のエリートで、日本を含めて十三カ国に留学経験を持ち、大臣が自分と同期だから、滞在中に困ったことが起きたら、いつでも連絡してくれと言う。 心強い知人を得て安心したが、ホテルに向う途中、車が二回もエンストして、われわれも降りて車の後押しをさせられた。発展途上の国ならではのご愛敬であろう。
翌朝、エアー・マンダレーでパガンに飛んだ。パガンに近づくにつれて、眼下に広がる景色は干上がった川の跡やブッシュが点々とあるだけのアフリカのサバンナそっくりの赤茶けた不毛の大地に変わった。パガン遺跡はカンボジアのアンコール・ワット、インドネシアのボロブドールと並ぶ世界三大仏教遺跡の一つで、廃墟の静かなたたずまいが、ありし日の群雄割拠の栄枯盛衰のあとをしのばせている。そして、この40平方kmの土地に、いまなお二千からの寺院やレンガ色のパゴダが焼けつくような太陽の日差しを浴びてひっそりと残っている。
驚いたことに、この不毛の赤褐色の荒野の至るところに南北アメリカ大陸以外には生えていないはずのサボテンが自生している。背丈は平均して約1mくらいである。雨の多い所では、大きなサボテンは腐り、小さなサボテンしか育たないので、茂っているサボテンの大きさでその地区の降雨量がほぼわかるそうだ。
なにはともあれ、ひとまず代表的なパゴダがあるアーナンダ寺院の参詣に赴いた。参拝の決まりにならって、タンさんの指示で全員が裸足になるが、砂の上も、歩道も、まるで焼けたフライパンのように熱く、全員が「アッチッチ!」と飛び上がって大騒ぎしている。タンさんから歩道に沿って敷かれた「大理石の上を歩くように」と教わり、そのとおりにすると、炎天下にもかかわらず、大理石の上はひんやりと素足に気持ちがいい。大理石は装飾用で使用されているだけでなく、実用的な面でけっこう役立っていることを知り、この生活の知恵に「なるほど」と感心させられた。
参道の両側には土産物屋が並び、手の込んだ彫り物をした漆器を置いた店が多くある。漆塗りはこの国の特産品である。この国ではフクロウが幸福を呼び寄せるシンボルとして珍重されているため、フクロウの置物がやたら目につく。日本の招き猫のような縁起物らしい。
■朝もやのサバンナの中に無数のパゴダがひっそりと姿を見せる。パガンにて |
垣間見た神秘的な極楽浄土の空
昼飯後にローカナンダ・パゴダというイラワジ河畔に建つパゴダに向った。チャーターしたボートがこの船着場から出るのだ。目の前を流れる大河の水は灰白色で、遠く東ヒマラヤを源流として、この国を南北に縦断して全長2160kmをゆうゆうと流れている。イラワジ川とは”象の河”という意味らしいが、水の色が象の皮膚のような色をしているからなのか。
■今回のスタッフ左から神畑、 ジミー(シンガポール)、広江、岡橋、ビラット(タイ)。社旗が風にはためく |
■極楽浄土の空もかくやと思われるイラワジ川岸の神秘的な空 |
対岸の中州を第一ポイントと定めて、ボートで川を横断することになった。このたびの旅は、たまたま一年中で最も暑い季節にぶつかってしまった。灼熱の太陽の日差しが半端でない。しかし、川面を吹き抜ける風は涼しく、肌にひんやりと心地良い。船首には今回の旅のために新調した”カミハタ”の社旗が風にパタパタはためいて、少し面はゆい気もするが、何とも言えず、いい気分でもある。
対岸の砂場は少し泥まじりで、アオミドロのような藻類が見られ、われわれが持参した5mしかない短い綱ではどうにもならず、近くにいたまだ少年のような漁師グループに引き網を頼むことにした。しかし、彼らの網は全長150mもあり、網目も小さいので、すぐに目が詰まって、引き上げるのが一苦労で、30分以上かかってしまう。
次のポイントを求めて対岸の緑色の背の高い草が生い茂る地帯に1kmほど移動した。水流が緩やかだが、水質は第一ポイントとさして変わりなく、両ポイントでとれた魚は、ガガタッキャット、パンガシウス、ホースフェイス・ローチ、スパイニーイール、インディアン・グラスフィッシュ、ハラハラ・キャット、ガエンシスなどであった。
この水域でとれる魚種はまあこんなものだろうという意見が出て、少し早いけれど帰ることになった。黄金のローカナンダ・パゴダの船着場に戻って、岸に上がって帰り仕度をしていると、ビラットから「見てみろ、西の空を」と声が飛んできた。
振り返って、思わず「あっ!」と息をのんだ。なんという空の色だろう。さっきまであまり変わりばえしないありふれた夕焼けでしかなかった西の空が様相を一変している。空一面が明るく輝いた濃紺色を見せ、その中に鰯雲の鱗目のような銀色の流れ雲が残照を受けて深い茜色に染まっている。あわててカメラを取りにいき、急いで引き返してきたが、もはや平凡な夕焼け空に戻っていた。それでも夢中になって、シャッターを切り続けた。ほんの一瞬、自然が見せた神秘的な極楽浄土の夕暮れであった。川岸にたたずむ人も、この世のものと思えない荘厳な美しさに祈りを込めているのか、手を合わせてじっとたたずんだまま、その場をいつまでも去ろうとしなかった。
ホテルに帰ると、フロントの壁に貼られた一枚のポスターが私の気を引いた。漁師がボートから投網を打ち、数頭のイルカが水面近くに魚群を集めて、人間と共同作業で魚とりをしている絵だ。イラワジ川の淡水イルカは漁師としばしば協同で魚とりするというが、手伝ってくれたお礼に漁師がお裾分けしてくれることをイルカたちは覚えていて、それで協力するのであろうか。それとも、イルカは本質的に遊び好きの動物なのか。
イラワジ川に棲むイルカはカワゴンドウ(英名はイラワジ・ドルフィン)と言い、五頭前後の群れで生息している。彼らは水中で高周波の音を出して魚を脅かして一カ所に集めることができるので、その魚の群れめがけて漁師がボートから投網を打つという算段だ。 「漁師に友好的なイルカだから、危険な水中の張り網や、金を精錬するための水銀を使わないでください」という注意書きがポスターに添えられていた。
■イラワジ川での採集 | ■漁師の魚とりを手伝うカワゴンドウ(イラワジ・ドルフィン)(ホテルのポスターより) |