text & photo/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ Vol.6 +++
「世界最大の巨大地構帯(グレート・リフトバレー)を行く」
日本の湖とは比較にならない、サバンナの湖。太古はナイル河の一部であった“翡翠の海”トゥルカナ湖、琵琶湖の100倍もの大きさのビクトリア湖。果たしてどんな魚に、人々に出会えるのか・・・。 |
マサイ族はライオンの天敵
夕方までキャンプの中で休息し、少し涼しくなってから再びサバンナに向かった。マサイ族の村は遠方からでもすぐわかる。村の周囲を茨やアカシアの枝を組み合わせて作ったバリケードで囲い、真ん中の広場を取り巻いて土と牛の糞をこねて作った小屋が30軒近くある。
■サバンナの中のアカシヤの木で囲んだマサイの居住区 |
主食はトゥルカナ族と同じで、牛の乳に血を混ぜた飲み物である。ここには草があるので、家畜がよく太っているが、ハエが多くて不潔なことこの上なく、乾燥した砂漠に住むトゥルカナのほうがずっと清潔だ。小屋の中をのぞくと、狭い小屋の中に牛が飼われ、人間と同居している。彼らにとって牛は唯一の貴重な財産なのである。
ここのマサイ族はすっかり観光ずれして、観光客のあしらいは手慣れたものだ。観光料を払うと、例によって踊りや歌を披露してくれる。このパフォーマンスもまた砂漠に住むトゥルカナ族とは異なり、あまりにショー化されて、興味が持てなかった。
帰る途中、マサイ族の子供が2人サバンナの中を歩いているので、ちょっと驚いて、「この地帯はライオンが多いのに、危険はないのか」とガイドにたずねると、ドライバーは笑いながら「ライオンはマサイ族を見ると逃げ出すよ。たとえ子供でも襲われることはまずない」と説明する。
マサイ族とライオンの長い関わりにおいて、ライオンがマサイ族を襲ったあと彼らの報復がいかに熾烈なものであるか、ライオンはよく知っているらしい。マサイ族はライオンの天敵なのだ。私が「観光客が同じようにサバンナを歩いたら、ライオンはどうするか?」と聞くと、「のどを狙ってがぶり。それで一巻の終わりさ」と平然と言ってのける。
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サバンナでの最後の1日になった。早朝から平原に出て、サバンナの中を流れるマラ川での魚とりの予定で、ナイロビの動物保護局の計らいで特別許可を取得してある。釣り竿や網を車に積み込むわれわれをキャンプの人たちが不審そうな顔で眺めている。マラ川で魚とりをするなどということは、動物保護の厳しいこのサバンナでは考えられないのだろう。
途中の水飲み場でライオンのつがいに出会った。サバンナの中ではメスはよく見かけるが、オスにはあまりお目にかかれないという。幸運なことに、珍しい夫婦ライオンの交尾まで見ることができた。めったにないことらしい。われわれの目を意識したわけでもなかろうが、あっという間にオスが昇天して、写真を撮る暇もなかったのにはがっかりであった。
キャンプきってのベテラン・ドライバーに「魚がとれたらチップをはずむ」と告げていたので、彼はやる気満々だ。彼は両方の耳たぶに大きな穴を空けているが、部族に共通する風習らしい。この国の現在の大統領は彼と同じ部族の出身であるとか。
マラ川に出ると、30mほどの川幅の中央に50頭前後のカバがのんびり水浴したり、昼寝していた。岸辺には3mもあるクロコダイルがごろごろしている。とても釣りどころではない。車を走らせて別のポイントを探すが、このあたりはサファリ・カーが来る場所ではなさそうで、道らしきものもなく、バーをしっかり握っていないと車から振り落とされかねないほどの悪路である。
サバンナで決死の魚釣り
次のポイントは10mほどの切り立った崖になっているが、下が河原のようになっていて、徒歩で歩いていけそうだ。私は崖の上で見張り役を務め、ドライバーはエンジンをかけたまま車のドアを開け、襲われたらいつでも発進できる体勢をとっている。
川幅は20mほどだが、流れの曲がったところに深みがあり、竿を入れるにはよさそうに思える。ヨーが付近で拾った手頃な丸太棒を担いでいる。ワニが近づいたら一発お見舞いするつもりらしい。
小笹が器用に竿を使ってポイントを狙って何度かトライした。そのとき、向こう岸の流れが曲がった深みに1頭のカバが沈んでいて、キャスティングによほどびっくりしたのか、水中からガバーッと浮かび上がり、泡を食ったかのように向こう岸の急斜面を駆けのぼった。重戦車みたいな巨体だが、あまりにも速く走る姿を一同あきれて凝視していた。
カバは一般におとなしい動物のように思われているが、現地の人の意見では、危険な動物の上位に入るらしい。昼間は水中で頭を少しだけ出して「グオー!」とやっているが、夜になると陸に上がって草を食べる。お産も、交尾も、排泄も、水中でするので、年じゅう水の中にいて、足の裏がふやけて餅のようになっているため、あの巨体が近づいても、足音が聞こえず、危険なのだそうだ。とくに一頭だけ仲間はずれにされて暮らしている動物は、ひねくれ者で性格の狂暴なのが多いので、要注意なのである。
双眼鏡で眺めると、対岸の浅瀬には絶えず魚紋が見えている。魚がいるに違いないけれど、ワニもいるので、川に入るのは危険だ。ドライバーが「戻れ、戻れ」と合図してくる。仕方なく車に戻って、マラ川を上流に遡って、新しいポイントを探した。
次のポイントの岸辺で美しいパール色の貝を見つけた。殻の肉が厚く、美しいシルバーパール色で、淡水の貝では見たこともない種類だ。何度かロッドをキャスティングするが、反応がない。ここも駄目か、とほとんどあきらめかけたとき、小笹が「来た!」と叫んだ。見ると20cmほどの細長い魚が銀色にきらきら輝きながら、岸に引き寄せられてきた。コイ科の魚のようだが、学名は不明である。ここでは名なしの新種がまだまだ多いようだ。
■(上)カバとワニの襲撃を恐れながらマラ川で決死の魚釣り ■(下)思わぬ収穫に大喜びの小笹とヨーさん |
その先さらに上流に向かうと、ついにマラ川の源流らしき場所にたどり着いた。湿地帯で、あたり一面に水草が生い茂り、すぐ向こうで1頭の象が草を食べている姿が目に入った。この湿地に入って水草を採集すると、カボンバのような水草が多い。緑色が非常に濃く、密集した葉は丈夫で、手で引っ張ってもなかなか切れそうにない。日本で見慣れている種類とはだいぶ違うようだ。パール・グラス、ヘヤー・グラス、マツモ類も採集できた。足元にはカバや象の大きな足跡がぼこぼこある。夢中になって網を入れると、3cmくらいのバルブ系の魚や5cmくらいのティラピアの幼魚らしきものがとれた。そのつど、みなが子供のように歓声を挙げて喜ぶ。小さくても貴重な魚である。それをペットボトルに入れて、日本に持ち帰ることにした。
半月ほどのアフリカの旅だったが、いろいろな人との出会いがあり、動物や魚たちとのめぐり会いは心がときめくような新鮮な体験であった。とくに印象深かったのは、月のクレーターのような荒涼としたトゥルカナ湖畔で過ごした数日であった。風景もさることながら、何百万以上年も前にこの地に住んでいたというトゥルカナ・ボーイのような人類の遥かなる祖先に対しての郷愁もある。
■サバンナの日没 |