text & photo/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ Vol.5 +++
「世界最大の巨大地構帯(グレート・リフトバレー)を行く」
日本の湖とは比較にならない、サバンナの湖。太古はナイル河の一部であった“翡翠の海”トゥルカナ湖、琵琶湖の100倍もの大きさのビクトリア湖。果たしてどんな魚に、人々に出会えるのか・・・。 |
監獄部屋のような木賃宿で
夕刻前にコンゴの町に着いたが、何もない田舎町であった。このままぼけーっと一夜を過ごすのは無意味な気がして、強行軍になるが、ホテルをキャンセルしてビクトリア湖に面したムビタの町まで車を飛ばし、その日のうちにファンガノ島にボートで渡ることにした。山の中のガタガタ道を2時間ほど走ると、やっときらきら光る湖が見えてきた。
「目的地は近いぞ」と励ましあい、砂塵を巻き上げて車を飛ばすうち、ムビタに到着した。ムビタの船着場には漁から帰ってきたばかりの漁船から10~20kgもある大きなナイル・パーチがつぎつぎに陸揚げされて車に積み込まれていた。それを見て、あすのトローリングが期待できそうで胸が高鳴る。
漁師に交渉してファンガノ島に渡るボートをチャーターしようとするが、まったく泳ぎのできない水恐怖症のビンセントが「きょうは風が強く、波が高くて危ないから明朝にしよう」と言い張る。じつは強風と高波で近くの港から出航したファンガノ島に向かう連絡船が転覆して40名ほどの犠牲者が出た、という生々しい報道を朝のニュースで聞かされたばかりだ。目的地を目前にして残念だが、ムビタで泊まることにした。
村に1軒しかない木賃宿は、お1人様400円だが、電気なし、トイレなし、窓なし、まるで監獄なみの部屋である。汗と埃にまみれ、どろどろになったからだを拭くだけの水だけでもと頼み込んで、やっとのことで洗面器一杯の水を都合してもらった。米のとぎ汁のような白く濁った水だった。
翌日のために頼んだ船頭2名を交えて、下の部屋の薄暗いランプのもとでの大人数の夕食になったが、2時間待っても料理が出てこない。あまりにも遅いので、何をしているのかと足元を懐中電灯で確かめながら調理場に入ってみると、なんとわれわれの料理がむき出しの地べたに並べられているではないか。「やばいな」と直感したが、不幸にも予感が的中してしまった。小笹とヨーが翌日から猛烈な下痢に悩まされることになったのだ。私はライスだけ食べて、魚料理にはいっさい箸をつけず、危うく難を逃れた。
その夜、みながいちばん困ったのはトイレである。われわれの部屋は2階で、夜は階段に鉄格子が降りるので、外の便所まで用足しに出られない。仕方がないので、ペットボトルを2つに切って即席便器を作ったり、2階から外へ飛ばしたり、それはそれは大変であった。
死力を尽くして大物を釣り上げる
夜がまだ明けきらず真っ暗なのに、ビンセントにたたき起こされた。漁師2人が強風に恐れをなしてか、とんずらしてしまったという。途方に暮れたが、ファンガノ島に一番近い対岸まで車を走らせ、幸いにもそこで大型ボートをチャーターすることができた。機転をきかしてキマニーが昨晩遅く車を走らせ、島の事情を調べておいてくれたのだ。
ひんやりとした早朝の湖面をモーターボートが全力疾走してファンガノ島の切り立った崖の上に建つバガナー・キャンプのロッジに着いた。快速艇でも1時間あまりかかったが、もし昨夜とんずらした漁師の漁船で島まで行くとしたらどれほどかかっただろうか。波も高いし、転覆の危険すらなきにしもあらずと思うと、逃げてくれたのはむしろ幸運であった。
■蚊の大群の来襲が人を包み込んでしまうほど凄い ファンガノ島のロッジ |
ロッジは独立した一戸建てで、急な斜面に建てられている。眺めがよく、ありがたいことにシャワーまでついている。ファンガノ島には1本も道路がないので、自転車の1台すらない。交通機関はもっぱら崖道を歩くか、ボートを利用するだけである。
ヨーと小笹が食当たりで完全にダウンして元気がない。しかし、この湖でナイル・パーチをとるのが今回の旅の目的のひとつだからと強引にヨーを引っ張り出してボートに乗せた。中型のクルーザー型ボートは、湖上をゆっくりと歩くような速度で流していく。湖はまるで海だ。やがて湖面の彼方に竜巻状の黒い煙が見えてきた。カゲロウの大群で、これが湖上に現れるのは雨期に入る前触れだと漁師が説明してくれた。
ボートはそのウンカの蚊柱を目ざして全速力で突っ込んでいく。その下には水面に落ちたウンカを捕食しようとするティラピアが集まり、そのティラピアを狙って大型のナイル・パーチが集まってくるという。蚊柱の中にボートを突っ込むと、目から、口から、鼻から、耳の穴まで虫だらけになってしまうので大変だ。それと同じ光景は南米ベネズエラの奥地アマゾンのネグロ川とオリノコ川をつなぐカシキアレという天然の運河をボートで遡上したさいに出会っている。ウンカで湯気がたったように見える水面に大きな魚があっちこっちでジャンプして蚊を食べていたそのときの光景を思い出した。
私の竿にガーンという大きな当たりがきた。ヨーが2回も当たりを外しているので、慎重にリールを巻き上げる。緑色の水面下を銀色をしたナイル・パーチが懸命に逃げ回り、めいっぱい竿をしならせる。パーチはスズキ科の魚で、頭が小さく、体高があり、平たくて、精悍な面構えの魚だ。釣り上げたパーチは約10kgの中型だが、十分に釣りの醍醐味を堪能できた。ヨーは私より大物を釣り上げて大満足である。
■ナイル・パーチとファイティング | ■ナイル・パーチ。12キロの大物で大満足 |
夕方、ロッジで少し休憩したあと、やや体調が戻った小笹を誘って再度の挑戦を試みた。こんどは島の反対側に回ってボートを流す。疑似餌のミノーはカジキマグロ用のように大型で、ときどき水底の岩場に引っかかって、取り外しに苦労するが、そのうち大きな当たりがきた。こんどは小笹の番だが、彼は下痢で2食も抜いているので、ふらふらしながらも必死で格闘した末、なんとか自力で釣り上げた。漁師がこの近辺でここ数カ月に釣れた最高の大物だと言って祝福してくれる。小笹は体力、気力ともにすっかり使い果たし、しばらくは物も言えない放心状態だったが、よほど嬉しかったとみえて、愛用のアーミー・ナイフを記念として漁師にプレゼントしていた。
夕食前、船着場の桟橋に椅子を持ち出してお茶を飲んだ。気温が下がった夕暮れの湖面を吹き渡る風が灼熱の太陽に焼かれた肌をひんやりと冷やして爽やかな心地になる。そこには湖を挟んだ向こう側のルワンダでは部族闘争によって何十万人もが殺されているというニュースが別世界のことに思われるほど平和で美しい風景が広がっている。
■この対岸にあるルワンダで殺戮が行なわれていることが信じられないような平和な落日風景 |
動物たちの水飲み場のドラマ
7時ころロッジを出発してボートで空港に向かった。湖面から朝日が昇りかけている。夕日の美しさとはまた違った新鮮さがある。チャーター機は定刻通り到着したが、機が小さすぎて荷物が重量オーバーして、パイロットから搭乗を拒否されてしまう。たまたま飛来してきた別のビーチ・クラフト機のパイロットと交渉して乗り換え、出発できたのは幸いであった。
朝日を浴びてきらきら光る湖上を低い高度でひとっ飛びすると、そこはもうサバンナである。小一時間のフライトのあと、サバンナの中の草原滑走路に到着した。
建物はなく、草むらの中に古びた飛行機が1機置かれていた。広大なサバンナでの目印であろう。ここには迎えの車が来ていた。ガバナー・キャンプまで木が1本もない草原のガタゴト道を走ると、マサイマラ動物保護区に入った。こんもりとした森があり、その中にキャンプするロッジがあった。
■サバンナは360°の大平原で 地球の丸さを感じさせる |
サバンナの朝はぶるぶる震えあがるほど肌寒い。キャンプの大きな木の下には、濃いグリーン色のクロスが掛かったテーブルが並び、朝食が用意されている。朝日が昇るに連れて、気温が少しずつ上がってくる。朝日を浴びながらのサバンナでの朝食は、最高に贅沢な気分にさせてくれる。
キャンプは独立したテント式で、トイレ、シャワーも完備されて申し分ない。テントの前面は手入れされた芝生があり、その続きは自然林で、さらにその向こうは地平線の彼方まで視界を遮るものが何一つない壮大な大草原が広がっている。テントとサバンナの間には、柵も垣もないので、いろいろな動物が餌をあさりにやって来て、マントヒヒがわれわれのテントのそばを走り抜けたりする。ライフルを手にしたガードマンが24時間われわれのテントの警備に当たってくれるのでとりあえず安心だ。
すでに雨期に突入しているのか、サバンナの中は枯れ草に混じって緑色の草も見られ、小さなオアシスの水飲み場には、いろいろな動物が水を飲みにやってくる。
ガイドの説明によると、サバンナの王者はゾウだそうだ。百獣の王と呼ばれるライオンも、ゾウが水飲み場に現れると、尾を垂れてこそこそ退散するという。走る姿が優美なサバンナの貴婦人といわれるキリンは、脚力はライオンを蹴り飛ばすほど強いが、水を飲むときに長い脚が邪魔になって、前脚を股裂きのように広げて頭を下げなければならないので、最も無防備になった瞬間をライオンに狙われるのだそうだ。水飲み場では動物たちの弱肉強食のドラマが展開されている。
■シマウマの縞模様は、敵に襲われたとき相手の目を幻惑するためのもの | ■アミメキリンはとくにその模様が美しい | ■昼寝の子象を鼻で起こそうとする象の親子のほほえましいスナップ |
■夕暮れのサバンナの中を粛々と行進する200頭近い象の大群。後ろに見えるのがキリマンジャロ |