text & photo/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ Vol.4 +++
「世界最大の巨大地構帯(グレート・リフトバレー)を行く」
日本の湖とは比較にならない、サバンナの湖。太古はナイル河の一部であった“翡翠の海”トゥルカナ湖、琵琶湖の100倍もの大きさのビクトリア湖。果たしてどんな魚に、人々に出会えるのか・・・。 |
道路沿いの小川に熱帯の魚がいっぱい
キマニーの車はフランス製のプジョーで、7人がゆったり乗れてクッションも良好だ。郊外の道路沿いの沼地と小川で網を引いた。水深は50cmで、ここでは褐色の15cmのクララ、約33cm大のバルブ、8cmほどのティラピアの仲間がとれた。クララの魚影は濃く、水面に髭を出して群れをなして泳いでいる。
道端の小川で数人の子供が釣りをしているのが見えたので、釣った魚を見せてもらうと、ビクの中にウグイに似たラベオの仲間などが泳いでいた。面白そうなので、さらに川を数百メートル遡ってみると、そこでも子供たちが釣りをしていて、釣り上げた8cm大のカイヤンに似たスキルベ・ミストゥスや5cmほどのコイ科の魚を見せてもらった。
日本から持参した網を少年たちに貸し、引いてもらうよう頼むと、ワイワイ騒ぎながら網引きが始まった。大人たちも数人が手伝い、面白いのか大騒ぎになった。数種の新しい魚が網にかかって、白濁りの水の中できらきら光る金色の魚が見える。10cm大の金色のホエール・エレファントで、見たことのない新種に思われたので、日本に持ち帰って調べることにした。帰国後、ペトロケファルス属の魚であることがわかった。そのほか、6cmほどのエジプシャン・マウスブリーダーや15cmのスパイニーイールなどの魚がとれた。
車の屋根に積んだ大きなプラケースに取れた魚をパッキングして乗せるが、酸素なしだから、炎天下をナイロビまで無事持ち帰れるのか気がかりだったが、経験者のキマニーは自信たっぷりだ。アフリカの魚は人間同様にタフらしい。
子供の1人が「反対側の川向こうにはもっと美しい魚がいる」というので、田んぼのような湿地帯の畦道を伝って子供のあとをついていくが、なかなか目的地に達しない。そのうち、畦道が途切れ、泥沼になった。それ以上われわれは前進できないので、手前の農家の庭の木陰で子供たちがとってきてくれる魚を待った。
このあたりは水と緑が豊かな田園地帯で、大きな木に背をもたれたり、草の上に転んだりしていると、平和でのどかな日本の農家の庭先で憩う気分になる。生きていくことさえ厳しい自然環境のトゥルカナ湖周辺とはあまりにも隔たりがあり、とても同じ国とは思えない。足元の小川の中にピンクの美しいヒルガオが咲いていた。ヨーが「シンガポールに持って帰って殖やしたい」と言って、花の実をせっせと集めていた。
やがて子供たちが泥まみれになって帰ってきたが、期待していた珍しい魚はとれず、ヌマガメを1匹持ち帰ってきた。このカメは跳ねるように速く走る様子が面白い。世話になった子供に少しばかりのお小遣いとキャンディを与えて労をねぎらい、ビクトリア湖畔に向けて車を走らせた。
車が急にガタゴトがぶり始めた。パンクだ。対向車がほとんどないので、平均100km以上のスピードで走っていたが、運良くスピードを落としているときにパンクしたらしく、大事に至らなかったのは不幸中の幸いであった。
ホテイアオイに埋めつくされた湖
■ビクトリア湖のケンドゥ湾は汚染されている。ホテイアオイの大群落 |
ビクトリア湖はとてつもなくでかい、琵琶湖の100倍もある湖で、その中のケンドゥ湾は水平線の彼方までぎっちりホテイアオイが密生していた。水はどろりとした緑色で、富栄養化した市街地の湖のようだ。ある程度の情報は事前に得ていたが、自然破壊の進行のすさまじさを目のあたりに見せつけられ、おののき、たじろぎ、がっかり、がっくりする。
■網の中に入ってくるのはティラピア、ナイルパーチ |
漁師に頼んで網の引ける場所を探して引いてもらったが、100mもある長い地引き網なので、水草も混じっていて引き揚げるのに時間がかかった。網の中はティラピアの5cm大の幼魚ばかりで、その中にちらほら10cm大のパーチが混じっている。
ミゴリの街に向かって時速100kmを超すスピードで疾走する。全開した窓から涼しい風が入ってくるのは快適だが、さきほどのパンクでタイヤの磨耗状態を知っただけに、もしまたパンクしたらと気味悪いことこの上ない。
やがてミゴリに到着し、ローカルな宿に入った。部屋には洗面所らしきものはあるが、蛇口から水が出ないので、顔も洗えない。キマニーがすぐ近くの滝のある川にアルジー・イーターが生息しているというので、荷物を部屋に放り込んですぐに出掛けた。山道を4kmほど上がった所にミゴリ川があった。付近は杉木立の森で、日本の山岳地の河川の中流域の風景と様子が似ている。
近所に住む女性たちが川の水を汲みにやってくる。溢れるほど水を入れた桶を頭上に乗せて、尻を振りながら上手にバランスをとりながら狭い山道を帰っていく。どの女性もプロポーションが抜群で、ふとファッションモデルが頭の上に本を乗せて歩くトレーニングの姿勢を思い出した。
水の澄んだ清流だけあって、網を引くと、これまでとは違った種類の魚がとれた。5cmほどのレプトグラニスやハプロクロミスの仲間の鰭が真っ赤で、じつに鮮やかだ。日本でザイールプレコと呼ばれているキログラニスも見つかった。
ホテルの部屋は相変わらず水が出ない。ビンセントが料理が冷たいとか、スープにマッシュルームが入っていないとか、チーフを呼びつけてさんざん文句をつけている。あすのファンガノ島へ向かうチャーター機を予約しておいたのに、都合がつかず航空会社とやり合ったために、ご機嫌が斜めなのだ。ボーイがイチゴを発酵させて作ったストロベリー・ワインをしきりに勧めるので、1本注文したら、けっこういける味だった。
■象のような鼻をもつエレファント・ノーズ。見るからにアフリカらしい魚 | ■肺魚。足があり、水がなくても しぶとく土の中で生きる |
素晴らしい奇岩の不思議な景観
朝からタンザニアとの国境近くにあるビクトリア湖畔のマホロ湾を目ざしてひた走り、国境の漁村にたどり着いた。家1軒ほどもある数百トンの巨岩がごろごろして、その巨岩の上に奇妙な形でバランスを保って別の岩がちょこんと鎮座している様子は不思議な光景だ。岩は人為的に乗せられたのではなく、自然のいたずらによるものだ。
■マホロ湾上に自然が立てた奇怪な積細工の岩山。頂上には“つがい”の鳥が休む |
湖畔には石山の中に大きな割れ目があり、遠い昔、彼らの祖先はその穴に住んでいたという。中に入ってみたが、先住民族の生活用具らしきものがごろごろ転がっていて、考古学的にも興味が深そうな場所であった。
マホロ湾の眺めは雄大だ。ビクトリア湖は場所によってすっかり趣が変わるほど、広大にして、多様性を秘めた湖で、この湾の水は低い伝導率が不純物の少なさを証明している。
集まった人々が魚を釣ってやるというので、ナイロン・テグスを少し提供した。30分もすると、6~7種類の色の鮮やかなハプロクロミスを持ってきてくれた。ひときわ色が鮮やかで、個性的で、美しい。しかし、ビクトリア湖のシクリッドはなぜだか日本では好まれない。闘争心が旺盛で、喧嘩好きで傷つきやすいことが原因らしい。
魚市場には20kg級のナイル・パーチが数多く陸揚げされていたが、冷蔵庫がないので、鮮度が落ちている。ほとんどがナイロビに運ばれ、フィレット用に加工されるらしい。地元の漁師が日々の生活の糧にするのは小さなティラピアばかりだという。
■「ひとつ、いかが」とすすめられた鍋の中には、エレファント・ノーズなどなど |
帰る途中、湖岸沿いの畑のそばで老人がアルミ鍋でごった煮を作っていた。どんな魚を煮ているのかのぞくと、モルミルスがグツグツ煮られていた。「1口いかが」と勧められたが、鼻先が象のようにとがった姿がまことにグロテスクで、とても食べる気になれなかった。
昼過ぎにミゴリのホテルに帰り着いた。一抹の期待を残していたチャーター機が最終的に駄目なことが判明した。コンゴに向かう出発までの時間を利用して、青空市場に見学に行くと、たまたま市の立つ日で、路上には店が並んで、人があふれんばかりで、市場には活気がみなぎっている。
真っ青な空の下ではアフリカ人のカラフルな衣装がよくマッチする。われわれを見て「チャイナ」という声がかかるが、「ジャパン」という呼びかけは一度もなかった。魚市場はナイル・パーチやティラピアが多いが、ほとんど干物として売られており、生の魚はいっさいない。この暑さでは当然であろう。