text & photo/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ イリアン・ジャヤ/3 Vol.5 +++
「人食人種(アスマット)とカンガルーが暮らすジャングル」
日本から「遠くて、そして遠い国」イリアンジャヤの魔境に日本人で初めて訪れる。いったいどんな冒険と出会いが待ち受けているのだろうか・・・。 |
僻地ではポリスが絶対の権力者
モーターボートで川を一時間ほど遡上した場所で水をなめたら塩辛かった。汽水である。岸は泥が深くて上陸できないし、ワニの足跡や大トカゲを見受けるが、網が引けそうにないので、早々にホテルに引き上げると、使いの男が「パスポートを持って警察まで来い」と伝えてきた。
「やれやれ、また許可証のチェックか」とうんざりしながらおもむくと、なにやら雲行きが怪しい。難しい顔をしたポリスが「君たちは不法滞在者だから、ただちに退去せよ」とかみつく。「なぜ?」と理由を追求すると、「許可証にアガツの地名が抜けている」と指摘された。
われわれの完全な手続き上のミステークで、「あすの便でメラウケに帰ることになっているから」と謝るものの、ポリスが「あすの便は満席で席が取れない」と言う。週二便だから、あすの便を逃すと、最低三日はここで待たなくてはならない。とんでもないことになった。こんなサウナ風呂みたいなホテルに三日間もいるのはまっぴらごめんだ。
ところが、われわれの仕事が魚関係だとわかり、ポリスがメラウケのジェフリーを知っていて、共通の友人のいるのが判明するとがぜん協力的になって、「あすの席が取れるかどうかはわからないが、できるだけ骨を折ろう。もし乗れなかったら、二人のオランダ人がミッショナリイ(教会)の小型機をチャーターしてティミカに帰るので、彼らの同意を得て乗せてもらえるように頼んであげよう。ティミカまで行けば、毎日ジャヤプラまでのフライトがあるし、それでも駄目なら、シンゴの町に電話があるので、そこからジャヤプラの教会にチャーター機を頼むより方法がない」と親身になって世話してくれた。シンゴまでは九時間かかるが、いずれにしても、空港に行って、出たとこ勝負するしかない。なにしろアガツには電話がないので、どこにも連絡の取りようがないのだ。
アガツでの最後の晩餐は日本から持参した食糧を使って豪勢なディナーになった。早々にベッドにもぐり込み、うとうとしていると、消防車のようなけたたましい音で目が覚めた。音の正体は犬の遠吠えだった。一頭が唸り出すと町じゅうの犬がありったけの声を張り上げて「ウォーン、ウォーン」とサイレンみたいに吠えまくる。まるで人間に反乱を起こしたみたいだ。犬の遠吠えはふつう物悲しげだが、ここでは犬まで半端でない。
朝の六時に起床してボートでイワー空港へと急いだ。草原滑走路には定期便を待って大勢の原地民がざわついている。われわれが乗れる見込みはほとんどゼロに近い。あきらめの心境でバラック小屋でぼけっとしていたら、ポリスが大声でどなる声が聞こえてきた。インドネシア語なので何を言っているかわからないが、「ヤポン、ヤポン」という単語が耳につく。ジョンが「ここにいる日本人は急用で帰国を急いでいるので、協力して彼らに席を譲ってやれ」と脅したり、すかしたりしているのだと言う。ありがたい話だが、「どだい無理な話と違うか」とさじを投げていた。
機が定刻よりずいぶん遅れて着陸した。すぐさま乗り込んだ乗客をポリスが片っ端から物色して強引に引きずり降ろしている。まずオランダ人のガイドが放り出された。オランダ人がぶつくさ文句を言うが、ここではポリスが絶対の権力者なのだ。
なにしろ十人しか乗れないのだから、半分ほど降ろされることになる。降ろされた人たちには申し訳なくて、座席に縮こまっていたら、ドアがバタンと閉まった。「やった!」とわれわれは互いに目くばせして、控えめに帰れることの幸運を喜び合った。
■見るからに高温多湿と感じさせる日没 |
ハプニングで堪忍袋の緒が切れる
ポリスのおかげでメラウケに帰れて、ホテルでゆっくり休むと疲労も取れ、日本とも電話が通じ、 会社に元気な声を届けてひとまず安心を送信した。翌朝、いよいよ憧れの地ワメナ行きの日を迎えたが、飛行機が遅れると聞いて、 荷物だけをチェックインしてジェフリーの事務所で待つことになった。一時間ほどおしゃべりしたあと、車で十分ほどの空港に向かうと、 ジェット機の轟音が聞こえて飛行機が一機飛び立った。「あれっ、変だなあ」と首をかしげていると、空港職員がわれわれを見つけて、 手を振って「ダメ」のサインを送ってくる。ジェフリーたちがだべっている間にわれわれの荷物を搭載した飛行機が離陸してしまったのだ。
一瞬、ジェフリーの顔色が変わったが、みなすぐあっけらかんとして、自分たちの責任じゃないよとばかりに、 冗談を言い合って笑っている。私は無性に腹が立ってきた。「冗談じゃない。お前たちがペチャクチャ無駄口を叩いているから遅れたんだ。 これからの予定がすべて狂ったじゃないか」という私の剣幕にびっくりしたのか、彼らはだんまりを決め込んだ。天候が悪くて飛ばないならまだしも、 不注意から日程を無駄にするほど残念なことはない。
やむなくホテルに引き返したものの、車の前をのろのろ横切る犬にまで腹が立ってくる。 現地の人ののんびりムードを真似てか、犬まで「あー、ひかれる」と思わず声が出るほどのろまな動きをするので、「 おまえら日本だったら、ひき殺されていたんだぞ」と犬にまで八つ当たりする。
日本にもう一度電話して理由を説明し、予定が伸びることを知らせた。 アントンが詫びを入れてきて、「ラワ・ビルという大湿地帯の湖に案内しましょう」と誘う。自分たちの不注意をすまないと感じているらしい。 このひとことで私の気持もふっ切れた。荷物はすべて飛行機が持っていき、カメラのほかに何も荷物がないので、そのままただちにラワ・ビルに向かった。