text & photo/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ イリアン・ジャヤ/3 Vol.4 +++
「人食人種(アスマット)とカンガルーが暮らすジャングル」
日本から「遠くて、そして遠い国」イリアンジャヤの魔境に日本人で初めて訪れる。いったいどんな冒険と出会いが待ち受けているのだろうか・・・。 |
アスマット族が暮らすアガツ
■アガツの日の入り、数年前までここへくるのはボートで20時間以上かけてしかこれない陸の孤島であった |
イワー空港には草原の滑走路しかないが、そこからボートで約三十分のところに人口千五百人の水上の町アガツがあった。不安と期待が入り混じりながら人食人種アスマット族の住むアガツに上陸することになった。上陸といっても桟橋があるだけで、通りはすべて板張りの桟橋でつながっている。
こんな所に泊まるところがあるのかと心配したが、少し入ったところに「ホテル・アスマット・イン」という看板が出ていた。部屋は川に面して建てられ、小さな窓があるだけで、畳一枚ほどの広さのトイレは、板敷きの間に三十センチほどの穴を開けただけで覆いもなく、下の川が丸見えである。用を足すと、そのままストンと五mほど下の川に落下する仕掛けになっているが、夜間に寝ぼけて暗闇の中で穴に足を滑らせたら大事になりかねない。この便所にはシャワーのような便利なものはない。マンディ用の水が置いてあるだけだ。部屋の中におもちゃまがいの扇風機はあるが、朝から夕方六時までは送電が中止されるので、肝心な暑いときの役には立たない。日中になると赤道直下の灼熱の太陽が照りつけるため、川の水が蒸発して湿度が高くなり、狭い部屋はまるでサウナ風呂のように蒸し暑くなる。とてもではないが、部屋の中で休んでなんていられない。こんなところに三日もいれば、確実に病気になりそうだ。
町には土の道が一本もなく、すべて板の桟橋だけだが、渡り板は古くて朽ちており、はずれたり穴が開いたりしているので、用心して歩かないと大怪我しそうだ。しかし、現地の人は下も見ずにすいすい歩いている。通りの前に椅子を持ち出して通行人を見物していると、さまざまな人種がいることに気づく。インドネシア系、中国系、ニューギニアの現地民など、見ていて飽きることがない。彼らもわれわれが珍しいのか、しげしげと見つめ返す。
スマトラ島から移住してきたというホテルの美人ママさんに、ここに泊まった日本人がいるかと聞くと、東京の輸入業者が数年前にアスマットの彫刻を買い付けにきたことがあり、最近では土木関係の日本人エンジニアが三日ほど泊まったという。そのエンジニアは空港で出会った青年であろう。
■粗末な納屋の入口にもアスマット族の精巧な彫刻が施されている |
夕方、アスマット族が彫刻作業をしている町のはずれまで連れていってもらった。アスマット族が世界的に有名になったのは、かつての人食いの風習があったことのほか、芸術性の高い一刀彫りの木像を作ることにもよる。彫刻品は非常に精緻で、粗末な納屋の扉にも不釣り合いなほど立派な彫り物があり、「さすが」と感嘆する。
筋骨たくましい初老の男性が像を彫っていた。均整のとれた素晴らしい体格に見惚れてしまう。「この肉体は先天的なもので、後天的に鍛えてできたものではないな」と若松と話し合う。食料がろくにないような湿地帯で、なぜこんな立派な体格になるのか不思議だ。祖先が人食人種であったせい、と考えるのはちと勘繰りすぎだろうか。
現在、人食いの風習は厳重に禁止されており、もし部族間で闘争が始まると、すぐにインドネシアから空挺部隊が送り込まれてくるそうだ。それでもなお戦闘的で勇猛果敢な風習が残っていて、頭が痛くなると、彼らはそこいらに落ちているガラスの破片で頭を切って血を流して治療しようとする。また、毒虫や毒蛇に咬まれると、平気な顔で焼け火棒をジュウジュウと傷口に押しあて、毒を消そうとする。このような勇猛果敢にして獰猛な部族なので、インドネシア原住民からも恐れられている。
美しい夕日を見るため船着場に出てみると、水面に多くの魚が浮いていた。すくってみると、 可愛らしい体長二センチほどのフグばかりだ。夜になると気温と湿度が下がって、いくぶんしのぎやすくなった。
■木彫りとはいえ、首だけの彫刻は不気味である |
■アガツの船着場にはかわいいフグが群泳している |
知られざる奇妙な部族たち
■モータボートで上流へ |
アガツからボートで九時間ほど遡ったところにシンゴという小さな町があるが、そこに行くには、アスマット川、ジェット川、ポウエット川、ワイルドマン川といくつかの川を遡上しなければならない。上流は完全な淡水で、アロワナがぽんぽん釣れるほど数がいて、珍しいレインボー・フィッシュも見ることができる、とカタコト英語で話す現地のインテリ青年が興味深い話を説明してくれる。
背後の五千m級の高い山脈から流れてくるそこの河川には、それぞれに珍しい固有種が棲んでおり、イリアン・ジャヤの中では新種の発見が最も期待できそうな興味深い場所だと友人の世界的探検男ハイコが言っていたが、その彼自身もまだこの地を訪れていない。イリアン・ジャヤはいまだにタイムスリップしたかのような未知の世界である。
シンゴからさらに九時間ほど遡ったダエラム・ヒタムにはバスマン族やコロワイ族が住んでいる。彼らは五十mもある高い木の上に家を建てて住み、ターザンのような生活をしているそうだ。また、その近くの別の水系のダエラム・カブに住むルマヤン族は川に潜って素手で魚を捕らえるのが得意で、イギリスのジュリー・キャンベルという女流カメラマンが撮影した『イリアン』という写真集でそれを見たことがある。
私が「そんな未開地にわれわれが入って、危険でないのか」とインテリ青年に聞くと、「あなたたちを見かけたら彼らのほうが怖がって逃げるでしょう」と笑われた。
最も興味があるのは、アマゾネスのように女ばかりの住む部族の暮らしで、シンゴから別の川を十時間ほど遡ったところにその村がある。この女部族は男子が生まれると、すぐに殺して女子だけを残して育てるそうで、私が「男がいなかったら種切れになってしまうのではないか」と心配すると。「他部族の男性の訪問は歓迎して、決して危害を加えない」と言われた。
なぜ、そんな奇習があるのだろうか。私が推測するに、こちらの男性はどうにも怠惰で、いわばヒモのような存在で、どいつもこいつも女性には横暴で、ダニ族などは平均五人の妻を抱えて、女性をこき使っている。彼女たちはそんな男性の身勝手に嫌気がさして、女だけの集落を作ったのかもしれない。