text & phot/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ Vol.5 +++
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「ハードな旅になることは予測されていた・・・。」
コロンビアはコカインの密輸でも悪名が高く、治安の悪さも世界一だといわれている。 それだけに出発前から身の引き締まる緊迫感を覚えた。 当初からハードな旅になることは予測されていた・・・。 |
イルカの泳ぐオリノコでプレコとり
![]() ■プレコは岩の下に住む ![]() ■プレコ ![]() ■対岸はベネズエラ。川の真中が国境になる |
前方に暗くて黒い大きなオリノコ川が見えてきた。このあたりはこの川の最上流だが、川幅がとてつもなく広く、対岸のベネズエラ領に白い建物が見える。川の中央が両国の国境線で、ベネズエラに入るのに難しい手続きを必要としないが、生活水準は向こうのほうがうんと高い。ラファエロが「彼らは魚とりせずに生活できるけっこうな身分だ」と羨ましそうにつぶやく。川の水が一変して泥水から不気味なほど黒い黒褐色の水に変わった。
半時間ほど進むと、前方に水面から突き出た黒い岩礁が見えてきた。どうやら目的地らしい。川に飛び込むと、驚いたことに、真っ黒に見えていた水がじつは透明で、水中での視界もすこぶる良好だ。水質はまろやかで、肌にやさしく、なんとも気持ちがいい。
めいめいがでんでに岩をひっくり返したり、潜ったりしながらプレコ探しに懸命になっている。「いまは水位が高くて、大きなプレコの捕獲は無理だが、八月になると岩の下で大きなロイヤル・プレコがごろごろとれる」と船頭が説明してくれる。PHを計ると4.2だ。
私が夢中で魚とりや写真撮影をしていると、「ワァー」という歓声が聞こえた。船頭が大声を挙げながら前方の水面を指さしている。「イルカだ!」と、あわててカメラを構えたが、水面にほんの一瞬出てくるだけだから、シャッターチャンスが難しく、2・3枚しか撮れなかった。しばらくすると、イルカは夕日を背にして、ゆうゆうと岸の灌木地帯に姿を消した。アマゾン河口から3,000kmも上流なのにイルカとはねえ。
「遅くなると官憲にとがめられるので、ぼつぼつ帰りたい」と船頭にせかされ、名残惜しいけれど、魅力いっぱいの岩場を離れた。
![]() ■スモール・アーミーの一員か? ![]() ■野性味あふれるインディオのお姉さん。ポシェットをねだられ往生する |
今夜はイニリダに一軒だけあるホテルに泊まることになった。久しぶりにベットの上でくつろげるのが待ち遠しい。一本だけの町の大通りには、銃を持つ兵士の姿が見えるが、さきほどの緊張はない。写真を撮らせてくれと頼むと、来たときと違って、にっこりOKをくれる。レストランでの夕食で”コロソマ”のフライを口にしながらいろいろな話を聞いた。
「なぜ、銃を持った兵士が町の中をうろうろ警備しているのか」と質問すると、この町の熱帯魚のドンの座にいるフロラーが「スモール・アーミーに対抗してたが、じつは政府軍も警官もゲリラを怖がっており、彼らが頼りにならないので、住民は自分の身は自分で守るしかなく、誰もが銃を持ち、金持ちは私兵を雇って自分の身を守っている」と言うが、誘拐事件は日常茶飯事で、新聞のネタにもならないとはねえ。
「どんな人が誘拐されるのか」と聞くと、「金持ちが狙われて、誘拐されても、金を払えばすぐ開放してくれるが、払わなければ掟どおりに殺してしまう」とのことだ。
「ところで日本は治安のいい国と聞いているが、あんたたちは自分の身辺警護に警察に月々いくら払っているのかね」と私に問うので、「国には税金を払うが、警察にじかに金を払うことはない」と答えると、納得のいかない顔つきで「それでよく警察が守ってくれるなあ」とあきれ顔したのには、びっくり仰天した。
「ホリフが同行したのでインディオの村まで無事に行きつけたけど、このたび訪れた場所はすべて軍隊やポリスの警備の範囲外で、レマンソはとくにゲリラと関係の深い村だ」と聞かされて、強いショックを覚えた。
すわゲリラの襲撃か、深夜の銃声
その夜はゆっくりベッドでくつろげたが、明け方の4時前、とつぜん「バスン!」という鈍い銃声で目が覚めた。スピーカーから切迫したような金切り声がガンガン響いてきて、ベットから跳ね起きた。銃声は数を増し、スピーカーはがなり立てている。「すわ、ゲリラの襲撃か」とあわてて枕元のスイッチを入れるが、点灯しない。電気が切断されたのだろうか?
そっと身支度をして、靴をはいたままベットに転がり、息を殺して外の様子をうかがうが、山中もラファエロも何も言ってこない。おそらく彼らも暗闇でじっと身を潜めて、様子をうかがっているに違いない。「早く夜が明けてくれ」と必死の願いとは裏腹に、銃声は絶えることなく、近づいたり、遠ざかったり、もう百発以上になる。
6時前にドアが「コンコン」とノックされた。「そら、来た!ゲリラかも・・・」と身構えて、じっと息を殺して様子をうかがうと、再度ノックしてくる。「誰?」と聞くと、「山中です」という返事を聞き、素早くドアを開けて彼を部屋に引き入れた。そのとき、ロビーに武装した兵士が3名いるのがちらっと見えた。私のただならぬ様子に山中はちょっと驚いたようだ。「6時に魚市場へ行くので迎えに来ました」と彼が言う。「君、それどころじゃないだろう。ゲリラの襲撃で町は大変なのと違うか」と私が聞くと、彼はあっけにとられた顔でしばらく私の顔を見ていたが、とつぜん「ブフッ!」と吹き出した。「社長、あれはフェスタで騒いでいるんです。お祭りですよ。南米では年に1・2回ああやって夜中から騒ぐんです。スペイン語で『大衆諸君よ、みな大通りに集まって、盛大にお祭を祝おうではないか』と叫んでるんです。社長はゲリラの襲撃と勘違いしたんですか。道理でノックしても返事がなかったし、顔つきがふだんと違って引きつった顔をしてて変でしたね」と、笑われてしまった。
しかし、どこの世界に夜中ボンボン銃をぶっ放して、拡声器のボリュームをいっぱい上げて、車で走り回る国があるだろうか。まったく人騒がせな国だ。昨夜のラファエロの話があまりにショックで、てっきりゲリラの来襲と勘違いしてしまったのだが、言葉がわからないということは、なんとも不便だわい、と改めて痛感させられた。
![]() ■インディオの小屋でティーブレイク ![]() ■一昼夜かけてカヌーを漕いで見送りに来てくれたインディオの漁師 |
飛行機はすでに出発の準備を整えていた。驚いたことに、見送りの人々の中にセイバ村のアルタムとりに同行してくれたインディオの漁師が来ていたが、あそこからここまでカヌーでやてくるのは大変だろうにと大感激して、お別れに彼らが欲しがっていた頭につけるライトをプレゼントした。
愛すべき(?)オンボロ機はただちに離陸し、思い出多いイニリダの町をあとに、4時間近くかかって無事ビヤビセンシオに着いた。空港からはオンボロのタクシーに乗り、一路山上のボゴタまで車を走らせた。高度が高くなってくると、さっきまでの灼熱のジャングルの熱気がこつぜんと消えて、ブルブルふるえるほど肌寒くなってきた。
途中、物すごい集中豪雨にも遭い、道端の岩山の上から頭上に滝のような洪水が襲いかかる。道路は川のようになるし、道のあちこちに崖の上からの落石が転がっているし、この国のすべてが半端ではない。上がりはゆうに5時間かかったが、なんとかボゴタに帰り着いた。ここ数日、生と死のはざまをなんとか無事切り抜けてきただけに安堵感で胸がいっぱいになった。