text & phot/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ Vol.8 +++
「まさに前途多難・・・。」
これから半月ほど共に過ごす「英語が話せない通訳たち」を前に途方にくれる神畑探検隊。 今回の旅もまた困難なのものになろうとしていた・・・。 |
自然と共存するインディオの教訓
以下は、自分の手で初めてパナクゥを捕らえた鈴木の談である。
「泥水に首まで浸かって、流木に沿って手を潜らせると、ぬるぬるした肌ざわりの魚がたくさん手に触れるんです。とてつもなくたくさんの魚がいるみたいです。ピラニアかナマズの類らしいけど、興奮してるんで、あまりこわさを感じないんです。ざらざらした感触の魚は大型のヒポ・プレコで、これはすぐに捕らえて何尾も陸へ放りあげました。
そのうち、感触の違うプレコの尻尾を捕まえました。木の割れ目にがっちり入っているんで、口まで泥水に浸かって、しかりつかんで引っ張り出そうとするけど、非常に力が強いんです。木の割れ目の中で鰭をいっぱいに広げて、必死で抵抗している様子で、慎重かつ懸命に引き合うこと約15分間、必死の抵抗も力尽きたのか、とうとう水面に引き出せました。30cmはゆうにあるパナクゥの大物です。思わず大声を挙げて、頭上に魚を振りかざしてガッツポーズですよ。
夢にまで見たパナクゥは、尾にかけてオレンジ色のエッジが入って、野生そのままの美しさで、興奮で手が震えました。両手を見たら、格闘したときにパナクゥの刺にやられて、手のひらの皮がぼろぼろでになっていました」
収穫した魚を川沿いの漁師のキャンプ場まで持ち帰り、シートの上に獲物をずらりと並べて写真を撮った。30cm以上の大物もいて、全部で6尾、圧巻である。
■見てくれ、この美しさを… 感激の一瞬 |
■採集したロイヤル・プレコを前に |
写真を撮り終えると、ラファエロが「早く魚を川へ戻してやってくれ」という。私は1尾ン万円もする大物だけに、とうぜん持ち帰るものだとばかり思っていたが、十分な準備もしていないので途中で殺すことを案じたのであろう。自然と共存する彼らは必要以上にとらないし、また殺さない。とくにインディオたちの生き物を大切にする態度にはいつも教えられる。
■ウルトラスカーレットトリム・プレコ | ■ヒポ・プレコ (ワイルド・セルフィン・プレコ) |
■ウルトラスカーレットトリム・プレコ |
■オパールドットマグナム・プレコ | ■ドラゴンスタークラウン・プレコ |
以前、アマゾン川の中洲にある砂浜でカメの卵を見つけたとき、「しめしめ今晩のおかずになるわい」と穴の中の卵を全部持ち帰ろうとしたら、連れのインディオが穏やかにわれわれを制して、人間の頭数だけの卵を取り、残りは穴に入れて埋め戻してしまった。私は非常に恥ずかしい思いをさせられたが、その印象がいまも脳裏に強く焼きついている。厳しい大自然の中で生きていくには、彼らがおのずと身につけた動植物との共存共栄の知恵があるのだ。
木陰でインディオの母子が生まれたばかりのインコの雛の口に手作りの餌を小さなスプーンで流し込んでいた。母子ともぼろぼろのシャツを着ているが、母親に寄り添う女の子の目はきらきらと澄み、見ているだけで心がなごむ。物質の豊かさと心の豊かさは決して正比例するものではない。
大型カイマンに接近されながらも
漁師の一家にお礼を述べてこのポイントをあとにした。帰りもモトクロスのレース場のような道を走った。草原のどこをどう走ったのかさっぱりわからないが、彼らにはちゃんとわかっているらしく、クリーク沿いの道に出てきた。
川沿いの幅が5mあるかなしかの狭い道で、放牧中の50頭ばかりの牛の群れに遭遇した。片方が崖で、片方が小川なので、牛たちは車を避けるのに逃げ場がなく、前へ前へと走るしかない。もうもうたる土煙の中、車も牛の群れに閉じ込められるような形で、一緒に走るしか仕方ない。
車の前を必死に尻を振りながら逃げる牛の姿がなんともユーモラスなので、写真を撮ろうと思って窓から体を乗り出してカメラを構えたら、安川が「社長、牛が走りながらクソを垂れてますよ」とどなる。見ると、ボンネットにはべったりと大きな牛糞が載っている。走りながらクソを垂れるとは、なんとも器用な動物だわいと感心しながら、大あわてで窓を閉めた。
やっと牛から解放されて車道に出てきた。こんどは道端のクリークでの網引きだが、網を入れると、思いのほか多種多様の魚が取れた。アピスト、ピラニア、ヒポ、ロリカリア、ホ-リィ、カラシン類、シクリッド類などで、夢中で写真に収めていたら、10mほど先の水面に黒い岩のようなものが浮き出ている。
流木かと思ったが、よく見ると、カイマンがじっとこちらを見ているではないか。頭の大きさから推察して2mはゆうにあろうかという大物だ。気になって近辺を見回すと、反対方向にも1匹頭をもたげている。こんな道端のクリークに大型のワニがいるなんて信じられない。
ワニには頓着せず、なおも網引きに夢中になっていると、銃を手にした警備中の兵士が3人やってきた。初めは厳しい顔つきだったが、ラファエロが熱帯魚採集許可を見せて説明すると、すぐに納得してくれた。時間もだいぶ経ったので、採魚を切り上げ、手伝ってくれた漁師を家に送り届けると、おかみさんがスプライトを振る舞ってくれた。よく冷えて、グリーン色の瓶の表面にぷつぷつと水滴が浮いており、からからに干上がった喉にはなによりのご馳走だ。みんなが「あー」とか「ふぅー」とか、一口飲んでは言葉にならない溜め息をもらしている。
■(左)美しい宝石のような色をした アピストグラマ ■(右)レッドパイクシクリッド |
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■珍魚マンファリと呼ばれているキューバン・ガー |
帰り道で安川がこっくり居眠りしていたが、首の骨を折らないかと心配するほどのロデオまがいの揺れようで、その悪路ぶりに荒馬を乗りこなすカウボーイの心境になった。走行距離は450km、所要時間は8時間、9時半にホテルに帰着した。
翌朝9時に出発してラファエロの農場に赴いた。15m×8mの野池が10面あって、さらに拡張工事中であった。コンクリートのストック池には、ひところ珍しいと大騒ぎされた40cm大の養植物のキューバンガー(マンファリ)が20尾ほどストックされていたし、採集魚の在庫、治療、そして金魚の養殖までやっていたのにはちょっと驚かされた。
イルカを守るインディオの伝説
この国最後の1日は淡水イルカの見物に行くことにした。バレンシア公共水族館にはリオ・アプール水系で捕まえた珍しい淡水イルカが飼育されていたが、係員が英語を話せないので何も聞けずに残念であった。イルカは人に慣れておらず、餌付けにおそるおそる近寄ってくるみたいだが、海のイルカと顔つきも肌の色も全然違っていた。現在、この淡水イルカはドイツに1頭、シカゴに1頭、ここの水族館に2頭と、全部で4頭しか飼育されていない。世界でも非常に珍しい貴重なイルカである。
アマゾン川やオリノコ川に棲む淡水イルカにはピンク・イルカとコビト・イルカの2種類がある。同じほ乳類であるマナティは肉が美味のため乱獲されて絶滅の危機に瀕しているが、インディオたちが淡水イルカを捕らえることはまずない。
インディオはイルカについてのさまざまな伝説を持っていて、その1つにイルカは魔性の魚だから肉を食べると男性は性的不能になるというのがある。また、メスのイルカにつきまとわれると、若者がその虜になって魂ごとすべてを吸い取られて命を落とすとか、またカヌーのともにニンニクを塗ってイルカ除けにするという伝承もある。イルカはインディオの伝説で守られているのだ。
翌朝早くこの国を離れて、隣の国ガイアナに向かうことになっているが、さほど力にはならず、すべてに期待はずれのハンツではあったが、プレコとりの日にすっぽかされたままで会わずに別れるのも後味が悪く、一目だけ会って別れの挨拶をしていこうと高台の閑静な住宅地ある彼の家を訪れた。
ハンツはこの国に憧れて、「22年前に妻とともにミュンヘンからやってきて、最初の2年は天国だったけれど、残りの20年は地獄そのものだった。なんとかしてドイツに帰りたいが、いまとなっては夢でしかない」と、とつとつと話すのを聞いて、幸せな人生を送ってきた人でないことがわかった。人生にはさまざまなドラマがある。ハンツとはトラブル続きだったが、この話を聞いて、きれいさっぱり心のわだかまりを流すことにした。愛すべき好漢ラファエロとはまたどこかで会えそうな気がする。
神秘的な天然の運河カシキアレのほとりに住むヤノマミ族の男たちはきょうもまた狩りに出掛けているのだろうか。紅の黄金に輝くカラオ川の水はとうとうと流れ、ギアナ高地の山々は今も濃いミルク色の霧の中にすっぽりと包み込まれているに違いない。機会があれば、このたび果たせなかったロライマ山の台地をもう一度訪れて、生物の調査に取り組んでみたいものだ。