text & photo/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ イリアン・ジャヤ/2 Vol.5 +++
「まだ見ぬ部族が潜む魔境(マンボラモ)を行く」
日本から「遠くて、そして遠い国」イリアンジャヤの魔境に日本人で初めて訪れる。いったいどんな冒険と出会いが待ち受けているのだろうか・・・。 |
新種発見、これぞ探索行の醍醐味
■苦労の甲斐あって収穫に満足げなハイコ |
■湖中には珍しい食中植物も |
湖に着くと、ハイコがすっかり舞い上がってハイになっている。どなるように早口のドイツ語かスペイン語でしゃべりまくっていたが、そのうちゴーグル(水中めがね)をかけるや否や、ダイビングの要領で鼻をつまんでカヌーから後ろ向きにザブンと派手に湖に飛び込んだ。船頭たちがハイコの突拍子もない奇妙な行動にいささかあっけにとられている。十回ほどトライして網を引き上げたとき、ハイコがまたすっとんきょうな奇声を挙げた。感激したり、気持ちが高ぶると、彼は子供のような高音で言葉を発する癖がある。
網の中にはやや鹿の子模様が入った真っ赤なレインボーが数尾ぴくぴく踊っている。ハイコが大事そうにビニール袋に入れ、袋を高々と掲げて、誇らしげにガッツポーズをとった。船頭たちが拍手したり、歓声を挙げて祝福してくれる。新種発見の醍醐味の一瞬だ。水上が「社長、考えて見ると、俺たち、とてつもないことやってんですね」とエキサイトしている。
採集した魚が袋にたまってきたので、河口に係留したボートまで戻ることにした。魚をとっている間は、暑さを忘れて、夢中だったが、太陽がじりじりと照りつけ、肌を焦がして痛い。帽子のないパオラがたまりかねて、頭からすっぽりシャツをかぶって、ふうふう息をしている。
途中、湖面から突きでた朽木に珍しい食虫植物が生えているのを発見した。筒の底に液体がたまって、虫がひっそり横たわっていた。この湖にはオキアミのような小型エビがぎっちり繁殖しているが、これも驚くべき現象だ。まるで『生きもの地球紀行』の現場にいるようだ。餌に恵まれたこの湖には豊富な魚種が生息していることが十分に推察できる。次のポイントのクルハックリー湖に生息する魚種も同じであった。
「マンボラモ川に生息する魚種は、グラミー、ティラピアを含めて四,五種類程度だが、支流の高い所にある湖には一つの湖に一種ずつ違った固有のレインボーがいるはずだ。水位が上昇すると、低いところは湖と湖がつながるが、孤立した高い場所の湖には独自の新種レインボーが残っているかもしれない」とハイコが目を輝かせながら解説する。
ボートの中で一夜を過ごす
日が落ちて、ほんのり暗くなってきたが、空がまだ青く澄んだままなので、月が青空に白く光って見える。熱帯地方の落日は何度見ても飽きることのない大自然の荘厳なドラマである。
■彼らの収入源の仕事はワニ狩りである |
岸辺で白い煙が登るのが見えた。人が住んでいるらしい。ニッパ葺きの小屋も見えた。朝から初めて出会う原住民の部落だ。炊事用の薪を分けてもらうために、泥の中に踏み板を渡して岸に上がると、村人がどどーと集まってきた。二,三十人はいて、彼らの甘酸っぱい体臭がむーっと漂ってくる。なんとも言えないその臭いに一瞬たじろぐが、勇気を振るって写真を撮らせてもらいたいと交渉する。ハルーンが「ポオト、ポオト」といいながら、ポラロイドでまず彼らを写してやれと私に催促する。撮影のフラッシュが光ると、「どっ!」とどよめいている。できあがった自分たちの写真を見て、また大騒ぎだ。固かった雰囲気が少しずつ友好的になり、写真を自由に撮らせてもらえることになった。
ハイコが「彼らはワニ取りで生計を立ててるらしい。以前はほとんど全裸だったらしいが、いまはボロだがシャツを着ている。ワニのおかげだな」と講釈する。
人間が住めることが信じられないほど厳しい環境だ。茅葺きの家のそばに木を切り開いて小さな畑を作り、麦のような穀物を植えている。親切な少女がはにかみながら、われわれのボートに薪を運んでくれた。
■日が暮れて、途中で薪をもらうために立ち寄ったワニ捕りの家族。満月が印象的であった |
今夜はどこまで行って、どこでキャンプをするかをハイコに聞こうとしたら、すやすやとおねんねしている。ボートは月明かりを頼りにどんどん上流に向かう。何時間ほど経っただろうか、うとうとしていたら、ハイコの「ワニだ。ボートを止めろ!」とわめく声で我にかえった。
寝ぼけ眼で岸を見ると、船頭が体長六十cm大のワニの子を手づかみにしている。ライトを当てると、はっとするような美しい肌が光に輝く。こわごわ手で触ると、豆腐のようにふかふかと柔らかい。写真を撮ったあと、静かに放してやった。付近にワニの子がちょろちょろしているみたいだ。ライトで照らすと、ワニの目は青く光るからすぐにわかる。子がいるからには、きっと大型の親もいるはずだ。
ボートは狭い水路を通って、名もない小さな湖に出た。どうやらここに停泊して、ボートの上で夜を明かす気なのか。天気が悪くなり、雨が降ってきた。トタン屋根を打つ雨音が騒がしい。しかも釘穴からぽたぽた雨漏りがして、とても寝られたものではない。さすがのハイコもぶぜんとしている。船頭のハルーンが雨漏りの箇所を棒で下から突き上げると、「ポコン」と音がして、穴がふさがって雨漏りが止まった。ハイコが手を叩いて「これは便利だ」と大袈裟に喜んでいる。妙なことに感心する男だ。
■どこもかも泥が深いのでボートの乗り降りは大変だ |
■狭い船上で蚊帳をかぶって夜が明けるのを待つ |
岸辺は浅そうだが、深い泥だから上陸できそうにない。さりとてトタン屋根は低く、場所がなくてテントが張れない。なすすべもなく完全武装して襲撃してくる蚊を防御するものの、雨がジャージャー降るし、腹は減ってくるし、最悪のコンディションだ。「取れたてナマズをぶった切って、鍋で煮た昼メシはうまかったなあ」と水上と語り合う。昨夜までうんうんうなっていたのに、食欲が出てきたことが嬉しい。蚊にさんざん食われたころ、ハイコがもそもそしながら一人用の蚊帳を探し出して貸してくれた。「持っているんだったら、もっと早く言ってくれよなぁ」と水上と二人で口を揃えてぼやくが、すべてこれハイコ流である。
雨音はうるさいが、二日間ろくに寝ていなかったので、こっくりを繰り返すうちに、東の空が白んできた。幸いに雨は小降りになっている。ジャングルの木の間に真っ赤な朝日がちょろりと顔を出したと思ったら、すぐに消えた。
きっとまた天気が悪くなるに違いない。ハイコたちが起きてきて、「ゆうべはあんた方のいびきがうるさくてちっとも寝られなかった」とぶつぶつ文句を言っている。狭いボートの上、早く寝た者の勝に決まっている。