text & photo/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ イリアン・ジャヤ/3 Vol.7 +++
「人食人種(アスマット)とカンガルーが暮らすジャングル」
日本から「遠くて、そして遠い国」イリアンジャヤの魔境に日本人で初めて訪れる。いったいどんな冒険と出会いが待ち受けているのだろうか・・・。 |
ダニ族と結婚したアメリカ人女性
アントンの友人のマンバラサ氏は魚類保護局の役人で、図体が大きく、人をよく笑わせる人物であった。 彼の案内で観光を兼ねての魚の採集に出かけた。高地だから空気が澄み、公害は皆無で、日本の信州の秋のようで、 ひんやりして、すがすがしい。気温は日中が22~23℃、夜間は一七~一八℃になる。
山を三十分ほど登ったところで車を降りた。そこから先はテクシーだ。歩いて山を800mほど下がったところに バリウム川の源流が流れていた。下りはまあまあだが、空気が薄いので「登りは大変だぞ」と心配になる。 川岸に着くと、ミルク紅茶の色をした水が凄い勢いで流れていた。
ソーゴックマーという村の吊り橋のたもとに真新しい白い墓標が立っていた。日本の文字で日本人の名前が刻まれ、 一ヶ月前の日付けが印されている。日本人の青年兄弟と現地ガイド一人の三人がこの吊り橋を渡っているときに綱が切れて転落し、 激流に呑み込まれ、弟は助かったけれど、兄とガイドが亡くなったという。なんとも痛ましい事故だ。心からご冥福を祈った。
案の定、帰りの登り道は厳しかった。車で山を降りて、反対方向にあるダニ族の村とコンチ・ローラーという鍾乳洞に 行くことになった。途中、水のきれいな小川で網を入れてみるが、水温が低いためか、メダカみたいな魚ばかりで、 魚の専門家のマンバラサ氏がティラピアかナマズしか棲んでいないと言う。
車がソンパイマというダニ族の村に着いた。偉大なる戦士ウーメントック・マベラという彼らの先祖の360年前の ミイラがコテカ姿のまま祀られて、ツーリストに公開されている。村の人々は観光客なれしているが、 それでもわれわれには目にするすべてが驚きであった。
■子供を失った母親は、畑の土を塗って一ヶ月間喪に服するという |
裸の美女群に混じって写真を撮らせてもらった。全身に黄土色の泥を塗った女性を見かけたが、その理由をたずねると、 「彼女は子供を失った母親で、畑の土を塗って、一ヶ月間、喪に服しているのだ」とマンバラサ氏は言う。 「親しい肉親が亡くなると、指を一本ずつ切り落として、悲しみを分かち合う」という習俗も教えてくれた。 石の斧で切るのだそうで、想像するだに指が痛くなる。
ダニ族は一夫多妻で、男性は平均五人の妻を持ち、それぞれ掃除、洗濯、畑仕事などの仕事の分担があるそうだ。 私が「妻同士の争いはないのか」とマンバラサ氏にたずねると、「夜のお勤めを含めて、主人がすべての妻に公平であるかぎり、 平和で仲むつまじいが、特定の妻だけを依怙贔屓すると、争いが起きて殺し合いまでする」という。 ちなみに、近くのダニ族の村にはアメリカ人の若い女性がダニ族の男性と結婚して住みついているそうで、 三人の子供ができて幸せに暮らしているとか。日本人にはちょっと信じられない話だ。
村からあまり遠くない場所にコンニー・セーラーの洞窟がある。急な坂道を登ると、シダにおおわれた洞窟の入口があった。 鍾乳洞は岩肌が濡れてグリーン色に光り輝き、宝石の原石のような妖しい美しさがあった。
からだじゅうがどろどろになって気持悪かったので、ホテルに帰って頭から冷水をかぶってマンディをすると、 急に気分が悪くなり、パニックを起こしそうになった。「年寄りの冷水」とはよく言ったもので、ときどき馬鹿なことをする 自分に自分であきれてしまう。
■彼らの先祖は偉大な戦士、ウーメントック・マベラを祭っている(360年前のもの) |
ジャヤプラのセンタニ湖へ
目が覚めたら気分が全快していて、やれやれと安堵の胸をなでおろし、もう二度と馬鹿なことしないぞと心に誓った。 天候が変わらないうちに朝の一番機でジャヤプラに戻ることにした。すでに雨期に入っているので、 いつまた飛行機がキャンセルになるかわからないからだ。
■センタニ湖 |
ジャヤプラに帰ってからジャカルタ行きの航空便が出るまでの時間を利用してセンタニ湖に向かった。 一万ヘクタールもある広大な湖畔を車でぐるぐる周ると、三年前に暗闇の中を命懸けでドライブした崖っぷちの砂利道が 完全舗装されていたのには驚いた。開発の速度は信じられないほど性急にすぎる。
「昔、この湖にはレッド・レインボーという地方独特の美しい魚がたくさんいたが、いまはナマズやティラピアが 異常繁殖して全滅したと友人のハイコから聞いているが、残念なことだな」とジョンに話すと、 彼が「いや、まだ赤い魚がいる」と言う。
湖畔を眺めると、思ったより透明度が高く、レインボー・フィッシュのような魚が集まっていて、 その中にレッド・レインボーらしき魚がいるではないか。「いる、いる!」と思わず興奮して、 急いでホテルから網一式持ってこさせた。またレストランの生簀ではスカートのような長い鰭を持つ珍しい鯉を見た。
「ボートで三十分ほどのこの湖の沖合い小島付近にこの種の赤や黄の魚がたくさん泳いでいる」と レストランの主人が教えてくれた。ジョンも私もすっかり気持が高ぶり、モーターボートをチャーターして さっそくその小島へ向かうことになった。ハイコはこの湖のそばを何度も通りながらレインボーが全滅したと 早合点して見向きもしなかったが、なにげない会話からわれわれに幸運が転がり込んできたのだ。
目的の島は直径50mほどの小島で、漁師の家が一軒だけあり、彼が好意で網引きを手伝ってくれた。 網の目が大きくて5cm以上の魚しか網にかからなかったが、新種らしき魚が二、三種見られ、 レッド・レインボーがごろごろしていた。無我夢中で、時の経つのも忘れてしまう。 写真に撮ったあと、魚は湖にリリースしてやった。
今回のニューギニアの旅は充実した毎日になった。雨期にもかかわらず、幸運にも一度も雨らしい雨に出会わず、 野生のアロワナ採集にも成功したし、大湿原の珍魚も採集できた。レッド・レインボーにまでお目にかかることができて、 すべての面で120パーセント満足できる収穫のある旅だった。
■センタニ湖にはレッド・レインボーが群生する |