text & phot/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ Vol.1 +++
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「ハードな旅になることは予測されていた・・・。」
コロンビアはコカインの密輸でも悪名が高く、治安の悪さも世界一だといわれている。 それだけに出発前から身の引き締まる緊迫感を覚えた。 当初からハードな旅になることは予測されていた・・・。 |
治安の悪さに思わずたじろぐ
エルドラードとはスペイン語で”黄金郷”の意である。その昔、南米コロンビアに黄金の地があると言われた。この国は16世紀のころから金に取り憑かれた探検家たちの夢とロマンをかき立ててきた。しかし、このたびのわれわれの旅は黄金探しではない。アマゾン最上流に位置するイニリダという小さな町を拠点にして、イニリダ川とオリノコ川で、いまだその生態・翌性が解明されていない野生のアルタム・エンゼル、カージナル・テトラ、プレコなどの調査・採集をすることである。今回は私とわが社の山中の二人だけの探索である。 |
![]() ■3000mの山道を降りたところにあるコカインの街、ビヤビセンシオ |
コロンビアはなたコカインの密輸出でも悪名が高く、治安の悪さも世界一と言われているだけに、出発前から身の引き締まる緊張感を覚えた。英語がほとんど通じない国だけに、海外青年協力隊のメンバーとしてコスタリカに3年間滞在した経験を持つカミタハ社員の山中のスペイン語だけが頼りである。スケジュールのいっさいを現地で魚の輸出業をしているラファイエロに任せたが、当初から相当ハードな旅になることは予測されていた。 われわれはマイアミ経由でオリエンタル山脈の山中深くに位置するコロンビアの首都ボゴタ市に入り、きおこは標高2,600mの高所にあるが、その盆地をさらに高い山々が取り囲んでいる。ホテルの出入り口はまるで刑務所なみの厳しさだ。タクシーは無断でホテル敷地内に乗り入れが出来ず、フロントに確認をとってからでないと通してもらえない。銃を肩にかけ、軍用シェパードを連れたガードマンが四六時中ホテル周辺を警備している。いたる所にビデオカメラが設置され、24時間体制で監視している。世界一治安が良いとされている日本から、世界一治安の悪い国に来たわけで、その落差に相当きついショックを受けた。 ラフェエロがいきなり、「ボゴタ市だけでも月平均15人の殺人がある」とぶっそうなことを口にする。土曜の夜は常に喧嘩や殺人で100人くらい病院にかつぎこまれるのだそうで、彼自身も3ヶ月前に町中の駐車場でピストル強盗に襲われて、車を強奪されたという。「ポンコツなら狙われないから安心だ」とばかり、いまはボロ車に乗っているが、ゴングが鳴った瞬間、一発きついジャブを見舞われたような話題に私は思わずたじろいでしまった。ラファエロは鼻からメガネを少しずり落として、のんきな父さんのような顔でけらけら笑っている。不安と期待、高山病の影響もあいまって、なかなか寝つけないコロンビアでの第一夜であった。 翌朝、ラファエロが出発の予定時間より1時間半送れて迎えにきた。南米タイムである。インディオの青年ホリフが同行者として紹介された。イニリダの漁師の息子だが、コロンビア大で心理学を専攻するエリートである。 「卒業後はどうするのか」と聞いたら、彼は「仲間の住むジャングルに帰る」と言う。「君は女性にすこぶる人気のある草刈正雄という日本の映画スターによく似ているね」と彼の印象を述べると、嬉しそうにその名前を覚えようとしていたが、われわれと別れるまでとうとう覚えきれなかった。日本語もスペイン語も母音の多い言語で、覚えやすい部分もあるが、使いなれていない音が並んだ言葉は、やはり覚えにくいのだろう。 ホリフは英語がからきし駄目で、不便なこと、このうえない。彼に言わせると「インディオの言葉には3,4種類あるが、自分はそのほとんどを話せるので、英語にまで手が回らなかった」と、もっともらしい言い訳をする。 |
悪名高きコカイン街道を行く
予定表には「ボゴタからイニリダまで小型機で2時間」と書いてあったが、それがそもそもの間違いであった。「ボゴタ飛行場からさらに高い山脈を越えて小型機で直接ジャングルの中のイニリダまで飛ぶのは、気流が悪いので不可能だ」とラファエロが言う。小型機専用の飛行場は山を降りたジャングル入り口のビヤビセンシオという地にあって、そこまで車で約100kmほどの山道を4時間ほどかけて車で下り、そこからイニリダまで小型機でジャングルの上空を3時間半飛ぶとのことだ。最初から話がずいぶん違っている。 スラム街を抜けると、すぐ急峻な山岳地帯に入り、車は下り坂に入った。絶壁上の狭い道なのに、どこにもガードレールらしきものがない。追抜き禁止の規制もないので、下から登ってくる車は右側通行も左側通行も頓着なしに、まるで追抜きカー・レースでもしているかのようにカーブを曲がりながら迫ってくる。われわれの運転手はたびたび急ブレーキを踏むという下手くそな運転で、場所によっては霧が深くて前方が見えず、危険このうえない。命の縮む思いをしながら、つづら折りの山道を降りていった。降りるにつれてどんどん気温が上昇し、着ているものをつぎつぎに脱いでいく。 この街道は別名"コカイン街道"とも言われ、奥地のジャングルで集められたコカインがこの道からボゴタに運ばれているらしい。コロンビアでは運送会社の勢力が強く、どんなに不便であっても、鉄道を敷設させないのだという。アメリカでも鉄道会社が自動車メーカーや石油会社に株を押えられて衰退した歴史を持つが、それと同じようなことだろう。近年たまたまジャングルの中で石油が発見され、ガソリンが自給できるようになったと言われているが、その大半は大型タンク・ローリーでボゴタまで運ばれている。 上りは途中の何ヵ所かに検問所を設けているが、コカインを運ぶ手段はジャングルからボゴダに上がってくる車だけなので、下りはフリーパスだ。山道を下るにつれて、温度が上がり、ボゴタの重苦しい空気から解放感のある熱帯特有の気体に変わっていくのがよくわかる。いつのまにか昨日から悩まされていた高山病による頭痛が治っている。気温は30度Cに上昇し、さっきまで肌寒くぶるぶる震えていたのがうそのようだ。 工事中で車を止められたりすると、どこからともなくバッタのように物売りが飛び出てきて、車窓を叩いてアイスキャンディ-のようなものを買えと迫る。こんな山中にどうしてそんなものが作れるのか疑問に思ったが、ボゴダからの配達車が少しずつ卸して回っているのだそうだ。突然、目の前の風景が一変した。山を降りきったのだ。目の前には地平線まで緑の大平原が果てしなく広がっている。よくもまあ、無事に到着できたものだと安堵して胸をなでおろした。ビヤビセンシオのバングァディアという小さな空港に車を乗り入れると、インディオ出身のよく太った45歳前後のパイロットが姿を見せた。 |
![]() ■3000mの断崖の山道を行くタクシーはポンコツ車というより廃車された車だ ![]() ■コカイン街道は谷川の絶壁沿いに100キロも続く ![]()
■ビヤビセンシオの空港。 |
「あなた方の到着が予定より1時間半も遅れたので、今からだとイニリダへの到着が6時過ぎになり、照明施設のない滑走路での着陸は危険だから飛べない。」と言い張る。もっともだ。人命に関わることだから、パイロットに従うしかない。この国の人が決り文句のように使う「アスターマニヤーナー」(あしたはあしたの風が吹く)という言葉がパイロットの口から発せられた。
ビヤビセンシオにはこれといった産業がないため、物騒なことに、ほとんどの人が何らかの形でコカインに関わっているという。予定を変更してここに泊まることになったが、ホテルは田舎町に不釣合いなほど立派で、なんとまあ50mプールまである。食堂で出会う外国人は、気のせいか一癖も二癖もありそうなマフィアみたいな人物ばかりで、なんとなく薄気味悪い。
ラファエロによると、この町は近辺のジャングルのオリノコ水系のトモ川やグアビアケ川でとれた熱帯魚が集積されており、ボゴタへの輸送の中継地点になっているとのことだ。長屋風の下町住宅地に入って、3ヶ所のストック場を訪れたが、ガラス製の水槽が約50本と30l入りのプラケースが数多く並べられ、水を浅めに張って、数種の魚が無造作に入れてあった。もっぱら換水に頼って魚の健康状態を維持しているらしい。ストック場の魚の状態はすべて良好で、ゴールデン・テトラ、プッシー・マウス、ピクタス・キャット、エクソドン、C・メタエ、ブラック・ゴースト、ブラウン・ゴースト、グリーン・ナイフなど、多くの魚種を見ることができ、魚類の豊富なことに驚くとともに、大きな期待に胸がふくらんできた。
ところで、この町でのいちばんの驚きは、美人が多いことである。長屋のおばちゃんの中にもソフィア・ローレン級のはっとする美人がごろごろしている。「南米ではコロンビア、コスタリカ、チリの3C国が3つの美人産出国です」と山中が解説してくれたが、まったく反論の余地がない。