text & phot/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ Vol.1 +++
「透明な湖の底で青く輝く魚たち・・・」
観光客もめったに訪れないアフリカの僻地に広がる美しいマラウィ湖にすむ魚たちは、 まるで宝石のように青く輝いていた・・・ |
VIP待遇でマラウィに入国
うんざりするほど長い飛行のあと、やっとたどり着いたマラウィのリロングェ空港は、アフリカ特有の赤茶けた大地の上にぽつんと点在していた。空港で一面識もないグラントさんと会う約束だが、彼が迎えに来てくれているかどうか、一抹の不安があった。というのは、今回のマラウィでの日程はすべて彼に世話してもらう予定になっており、われわれが最終的なスケジュールをファックスしたときには、すでに彼はヨーロッパ出張に出掛けた後だったからである。
しかし、それは杞憂に過ぎなかった。大きなバッチをつけたいかめしい黒人の空港職員が「ミスター・カミハタでは?」と声をかけてきた。彼はグラントさんから小型機で当空港からサリマ空港までわれわれを送り届ける依頼を受けていた。おかげで順番待ちの長蛇の列を尻目に、VIP扱いで入国できた。並んでいる人には気の毒だが、ちょっといい気分でもある。旅行会社から脅されていた税関の難しいチェックもフリーパスで、「グラントさんは、ここで顔が利くみたいだな」と感謝する。
われわれが乗り込んだ接続機は、オンボロの旧式のプロペラ機で、10人も乗ると満席だ。ジェット機と違って、低く飛んでくれるので、海のように広大なマラウィ湖がよく見える。全長700km、幅80kmもあるとてつもなく広大な湖で、その面積はマラウィの全国土の約3割を占めている。
約20分間のフライトのあと、石を取り除いて草を刈っただけの草原滑走路に着陸すると、「ゴトン!ガタガタ……」とポンコツ機が大揺れした。遥かなるアフリカの地にやっとたどりついたという実感がひしひしと込み上げてきた。
■マラウィへようこそ |
サリマ空港にはグラント夫人のエスタさんが迎えに来てくれていた。はきはきした英語を話す知的な印象の黒人女性で、「主人が迎えに来れなくて失礼しました。なにしろ主人は1時間前にヨーロッパの長旅から帰ったばかりなので」と微笑んだ。
彼の広大な魚の集積場は空港から5kmほど離れているが、すこぶる便利な所に位置している。湖畔の真ん前にあり、125エーカーの広々とした敷地内に、本宅、事務所、出荷場、ストック場などが点在し、緑したたる大木が敷地のあちこちに木陰を作っている。われわれに提供してくれたゲストハウスは湖のすぐそばにあって、シャワー、トイレ、キッチンまでついて、快適そのものである。ここに約1週間滞在できるのだ。
シャワーを浴び、シャツを着替えて、本宅のグラントさんに挨拶に出向いた。私が頭に描いていた「過酷なアフリカの大地で生き抜く精悍なたくましい人物」というイメージとはまったく違って、人の良さそうな穏やかで優しい目をしたジョーク好きの50歳すぎの英国紳士だった。マラウィで空軍を退役したあと、この地に定住することを決意して、趣味の魚の飼育を職業として、政府からたった1人だけ魚の捕獲権を貰い受けている輸出業者である。
■草原の滑走路に到着。 「さぁ、アフリカに着いたぞー」 |
■サリマ空港近くの湿地帯。 海のようなマラウィ湖が見える。 対岸はいまなお動乱の絶えないモザンビーク |
マラウィ湖での風変わりなダイブ
翌朝、うるさいほど騒がしい小鳥のさえずりで目が覚めた。戸外は濃紺一色の澄みきった快晴で、雨期(9月より3月まで)は完全に終わっているらしい。グラントさんの忠告に従って当地を訪れる予定を4月にしたのは正解だった。これまで何度もジャングルの旅行で雨に降られてテントの中でじっと耐えるしかなかった惨めな思い出が多いだけに、晴天はなによりの歓迎であり、この上ないご馳走でもある。
同行するダイバーは、バイソン君を長とする4人のたくましい黒人青年たちである。木造のボートは約20フィートの長さで、ヤマハの8馬力エンジンをつけているが、30cmほどの小型の送気用コンプレッサーはオンボロの骨董品で、少々ガタがきている。しかし、レギュレーター、エア・パイプ、足ヒレ、マスクなど、一応ダイビング用の道具は揃っている。
■岸からボートを仕立てて湖へと繰り出す。このあたりには夜な夜なたくさんのカバがあがって騒ぐ |
ゲストハウスのすぐ前には海のように大きな波が押し寄せてくるマラウィ湖が広がっている。岸辺の水深が浅いため、葦をかき分けながらバシャバシャと水の中を30mほど歩いてボートに乗り込んだ。この日の目的地は沖合い1時間ほどの湖上に浮かぶ直径100mほどの豆粒のような小島で、初日はまず小手調べといったところか。
速度は5~6ノット弱で、船足は速くない。沖合いに出ると、湖面を吹き抜ける風が涼しいけれど、日射しが強い。皮膚がじりじり焦げるようで、水上と私の2人は裸になって日焼け止めクリームを互いに塗り合う。温度計を見ると、35°Cもあるが、肌に感じるのは涼風のせいか、あまり不快感はない。
島に近づくと、ボートやカヌーに乗った黒人漁師が賑やかな掛け声を挙げて、巻き網を引き揚げていた。ボートを近付けて網の中を見ると、びっくりするほどたくさんの魚がいたが、銀色の小魚ばかりで、色つきはほとんどいない。捕獲した魚は中層に棲むムブナと言われる食用魚で、岩場に棲むカラフルなシクリッドとは異なる種類だとダイバーが説明してくれた。
■1日目は漁師が網引きをしているこのカンタベリー・ポイントの沖合いの小島にチャレンジ |
波を避けてボートを島の背後に回すと、うそのように波が穏やかになった。透明度は5mほどで、船上からも魚がよく見える。ここも漁船が多く、30人近い漁師が奇声を発しながら元気よく働いている。
■アフリカン・ダイバーとの競泳、黄キャップが神畑 |
こちらが手を上げて挨拶すると、みな白い歯を見せて手を振ってくれるので、気持がいい。われわれを珍しがってか、舟から飛び込んでボートに近づいてくる者もいる。私も水中にザブンと飛び込み、彼らと競泳を楽しむ。競泳は引き分け。互いの手を取り合って、水中から高々と両者の手を差し上げると、漁師たちが船べりを叩いてワイワイ大喜びしている。陽気な人たちだ。
水上が待ちかねたように空気を送るホースを体に縛りつけて勢いよく潜っていった。私はシュノーケルを使って潜り、岩場を移動する。水中に入ると、突然の侵入者に不意をくらって驚いた魚たちが打上げ花火のようにぱっと散っていくが、すぐまた自分のテリトリーに戻ってくる。予想以上に魚種が豊富だ。湖底はころころした丸い岩で一面が埋めつくされ、浅い場所にはバリスネリアが群生して、カラスガイのような貝や巻貝が見られる。
巻貝を見て、ちょっと気になることを思い出した。ドイツ人の友人ハイコとニューギニアへ行ったとき、彼が「アフリカの湖や川では、いくら水が透明でも、底に巻貝がいる水域には入らないようにしろ。その水域には住吸血虫が棲んでいる可能性が高いからだ」と忠告してくれたことを思い出したからだ。巻貝がその虫の第一中間宿主とのことだが、湖底はそんな不安を吹き飛ばしてしまうほど美しく、興味深い。
色とりどりの魚が岩に付着した茶色の苔をせっせとかじっている。私の足を突つく奴もいて、なんとも可愛らしい。リビングストニーなどのハプロ類が多い。魚たちが最も美しく見える季節は夏期で、湖の水温が上がると、いっせいに産卵が始まるのだそうだ。恋の季節になると、ムブナたちにきらびやかな婚姻色が生じて美しい体色になるのだ。