text & photo/神畑重三 協力/神畑養魚(株)
+++ Vol.2 +++
「世界最大の巨大地構帯(グレート・リフトバレー)を行く」
日本の湖とは比較にならない、サバンナの湖。太古はナイル河の一部であった“翡翠の海”トゥルカナ湖、琵琶湖の100倍もの大きさのビクトリア湖。果たしてどんな魚に、人々に出会えるのか・・・。 |
月面のような礫砂漠の湖畔
■眼下に“翡翠の海”と呼ばれるトゥルカナ湖が広がる |
次の目的地はケニア北部の砂漠の中にあるトゥルカナ湖で、この湖の北端はエチオピアに接していて、グレート・リフトバレー(大地構帯)の底部にあり、太古の昔はナイル川の一部であったが、いつしか水が干上がって本流と縁が切れ、孤立して湖になったという。琵琶湖の約7倍もある大きさで、南北250kmもある縦長の湖である。最深部は1000mもあるとか。
その昔、この湖は発見者の名前をとってルドルフ湖と呼ばれ、湖の色が翡翠の色に似ていることから“翡翠の海”とも呼ばれていたが、ケニア独立後はトゥルカナ湖と呼ばれている。われわれサカナ屋にとっては、どんな魚が棲んでいるのか興味をそそられる湖である。
この湖畔で1984年に160万年前の人類の祖先の化石トゥルカナ・ボーイことホモ・エレクトスがほぼ完全に近い骨格で発見され、考古学的にもこの湖は興味深い地である。この人骨は少年だったが、成人に達すると180cmになる体格の持ち主であったと推定されている。
抜けるほど色鮮やかなコバルト色の空は、気流が安定していて、われわれがチャーターした双発新型機は順調に飛び続ける。サバンナ地帯を通り抜けると、薄紫の靄がかかって煙ったような砂漠地帯が見えた。そして、その向こうにきらきらと輝く翡翠色の湖が視界に入ってきた。
機が高度を下げると、砂漠の中に大きなクレーター(噴火口の跡)が見えた。見渡す限りの大地が灰色の砂漠で、まるで月面を見ているようだ。機が大きく旋回すると、眼下の砂漠に灰色のマッシュルームのような奇妙な形をした無数の原住民の小屋が目に入ってきた。
■熱風のトゥルカナ湖の滑走路と VIPラウンジの標識が笑いを誘う |
ガタゴト音を立てながら機が砂漠の着陸場に着いた。ドアを開けると、熱風の固まりが「ドドッ!」と吹き込んで「グァーン!」と一発パンチを食らったような衝撃を受けた。熱も凄いが、風も物凄い。四本柱の上に、カヤを敷いただけの粗末な小屋にV・I・Pラウンジの板きれが打ちつけてあり、そのユーモアのセンスに思わず笑ってしまった。しかし、こんな荒れ地のいったいどこにわれわれの泊まれるロッジがあるというのか。
不安に思っていると、遠方から砂塵を舞い上げながら迎えのトラックが近づいてきた。ロッジはこの瓦礫の滑走路の南端にあった。ロッジは金網で厳重に囲まれ、出入りのたびに黒人ガードマンがゲートを開閉している。外側にはトゥルカナ族の村がある。何もすることがないのか、彼らは昼日中から砂の上にごろごろと寝そべり、所在なげにわれわれを見上げている。
トゥルカナ族はナイロビで見かける黒人と比べても、いちだんと肌が黒く、黒檀をてかてかに油で磨き上げたみたいに光っている。体格は一様にスリムで、背が高くてかっこいい。さすがトゥルカナ・ボーイの末裔(?)だけのことはあると感心した。
■乾燥した砂礫の大地に点在するトゥルカナ族の集落 |
キャンプはドイツ人の経営で、高台の広い敷地のあちこちにロッジが点在している。青い湖の見える展望台のような眺めのいいレストランでの昼食は、ティラピアのグリルとスープだが、思いのほか、おいしい料理だ。ここは一般の観光客がやってくるような場所ではないが、食堂にはナイロビから何日もかけてサバンナを越えて車でやってきたという数人のヨーロッパ人の若者を見受けた。
砂漠の民、ラデル族を訪ねる
空気は極度に乾燥していて、そのせいか異常なほど喉が渇く。吹きつける風が体内の水分をすべて吸収しつくすみたいだ。腹いっぱい水を飲んでも、5分もすると、もう喉がからからで、また飲みたくなる。私は過酷なジャングル生活を数多く体験しているので、のどの渇きにたいする耐久力は十分あるつもりでいたが、この渇き方は異常でしかない。室内の温度計は43度を示している。しかし、これだけの高温なのに、不思議なほど暑さを感じない。
ロッジのすぐ後ろにあるラデル族の村まで徒歩で向かったが、なだらかな丘陵のすべてが砂礫なので、まことに歩きづらい。高さ2m、直径5~6mくらいのお椀型の粗末な小屋が数軒点在している。木の枝を曲げて骨組みとし、その上にパピルスをかぶせて雨露をしのぐだけの質素な住居だ。
■彼らの主食はヤギの乳と血のカクテル |
彼らはトゥルカナ族と同じで、魚をいっさい口にせず、ヤギの乳と血(血管を切って血を取る)を混ぜた飲み物を主食としている。粗食なのに、百歳を超える長寿者が珍しくないとは驚きだ。もっとも、彼らが自分の生年月日を正確に記憶しているかどうか疑問だが・・・。
村の中にはナボと呼ばれて小石とアカシアの小枝を円形に並べて区切った20坪ほどの神聖な祈祷場所がある。この場所は女人禁制で、毎夜神々に祈りを捧げているという。
ラデル族の女性は赤・黄・緑・青などのきらびやかな原色の布をからだに巻いて、ありったけの装飾品を頭、首、腕につけて着飾っている。女心であろう。月面なみの荒涼とした地にはなんともそぐわないが、精いっぱい着飾ることだけが女性の唯一の楽しみなのだろう。
■彼女たちと談笑?言葉は通じるのか? |
夕方、風が凪いでから、漁船をチャーターしてトローリングすることになり、トゥルカナ族の村を通り抜けて湖畔に向かった。湖の岸の土があちこち塩を吹いて白くなっている。湖はどうやら汽水のようだ。遠くからは美しい翡翠色に輝いて見えた湖も、近くで見ると富栄養化が進行してどろりと緑色に濁っている。ナイロビのキマニーが「トゥルカナ湖の魚をナイロビに持ち帰って水換えすると、すぐに死んでしまう」と言っていたが、相当に塩分が強いのだろう。
タイガー・フィッシュを釣り上げる
乾期のさなかでもあり、湖に流入する川はからからに干上がっていた。友人でドイツ人の魚のシッパーがわれわれにくれた情報では、この湖に棲む魚は、ナイル・パーチ、タイガー・フィッシュ、ハプロクロミス、フグなどで、もちろんティラピアもいるが、魚種はそんなに多くはなさそうだ。興味があったのは、雨期が始まると、エチオピア高原から雨で流出してきたビチャー(古代魚の一種)が湖の北端部の川でたくさんとれるということだ。しかし、ボートでそこまで北上するとなると、片道だけで丸1日かかってしまう。
漁船はゆっくりした速度でトローリングしながら岸近くを流していく。気温は相変わらず50度に近いが、湖面を吹き抜ける乾燥した穏やかな風が冷んやりとして肌に心地良い。漁師は大きなジグを使っているが、われわれが日本から持参した小型のメタル・ジグを使って流し始めると、すぐに当たりがきて、40cmほどのタイガー・フィッシュを釣り上げた。銀色に輝く美しい魚体だが、鋭い牙が危険で、針から取りはずすには慎重を要する。その後、何回か当たりはあったが、デリケートな魚らしく、合わせが難しい。1.5mほどの大物も釣れるというが、魚影はそんなに濃くなさそうだ。
針がときどき湖底の茎の太い藻を引っかけて上がってくる。藻はつるりとしたジュンサイのような感じで、家畜の重要な栄養源になるのだそうだ。このあたりでは食べさせる草も生えていないのに、なぜヤギなどの家畜を飼うことができるのか不思議に思っていたが、その謎が解けた。この湖の周辺には畑と名のつくようなものはいっさいない。湖水の塩分が強く、農作業用水として使えないからだ。
■鋭い牙を持つタイガー・フィッシュ |
タイガー・フィッシュ1尾だけの収穫だったが、景色だけは十分に堪能できた。湖の夕景は、茜色に輝く真っ赤な夕焼けを背景に、洋傘をぱっと広げたような形のよいアカシアの木々が点々とシルエットを作り、素晴らしい風景画のようで見飽きることがなかった。
肌着を洗濯して室内で干しても、みるみるうちに乾いてしまう。夜に入ると、治まったかに思えた風が猛烈に吹き荒れてきた。風は左から右から、前から後ろからと、縦横無尽に暴れ放題に吹きまくり、方向が一定していない。ロッジ周囲のヤシの木の下側に生えているたくさんのサーベル状の枯れた長い葉がすれ合ってジャージャーと爆音のようなすさまじさで、うるさいことおびただしく、とても寝つけない。
10時を過ぎるとキャンプ内の電気が全面ストップになるので、一寸先も見えない真っ暗闇となる。夜空の星がちかちかと鋭い光を放ち、空いっぱいに銀の砂をぶちまけたような夢空間を映し出している。何度見ても新鮮な感動を与えてくれる熱帯の夜空である。